過去のシンポジウム

開催概要

タイトル 第32回  高遠・分子細胞生物学シンポジウム
テーマ これからどうなる生命科学
開催期間 2021年8月19日(木)~20日(金)
開催場所 WEB開催
※Microsoft Teamsを使用します。

プログラム

2021年8月19日-20日

生命現象と多体系物理――流れる細胞集団、ターンオーバーする組織――
川口 喬吾 [理化学研究所 開拓研究本部・生命機能科学研究センター]
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 われわれの身体はさまざまな種類の細胞でできた多様な組織の複合体ですが、うまく階層を切り出してくると、いわゆる多体系物理の枠組みを用いて理解できる領域があります。多体系物理とは、その名の通り多数の要素が寄り集まったときに創発する現象を調べる研究分野で、たとえば水が氷になる相転移現象などの日常レベルのマクロな現象が、分子や電子が大量に集まったときになぜ起きるのかを理解することに役立ってきました。細胞が多数集まって組織となったときにはじめて現れるダイナミクスや、細胞内のタンパク質凝集体や液滴の挙動、核内のクロマチンの動態などは、多体系物理の枠組みと特に相性が良いと考えられます。一方で、生命現象に特有の事情も多いため、これまでの分子や電子を扱う物理のモデルやコンセプトだけでは足らず、「非平衡」な領域に拡張した理論を考えなければならないとも考えられています。

 本講演では、細胞が自発運動していることにより現れる集団運動の現象や、皮膚をはじめとする成体組織の恒常性維持機構を例として、多体系物理の考え方が生命科学にどのように役立ちうるを紹介しつつ、物理学の視点からみてもどういう点がおもしろく、チャレンジングであるかについてもお話ししたいと考えています。

異分野融合で解き明かす生物間相互作用と生態系動態
東樹 宏和 [京都大学 生態学研究センター]
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 地球上には1000万種とも1億種とも推定される多様な生物が存在し、生態系を構成している。ゲノム科学の発展によって、個々の種がもつ特性の遺伝的な背景が解明されてきたが、その一方で、無数の生物の間で繰り拡げられる関係性の動態については、まだその一端が垣間見られたに過ぎない。個々の種がもつ遺伝的要素(G)を解明していった上で、種間の関係性(G x G)という階層における現象やその原理を解明するだけでなく、外部環境との相互作用(G x G x E)も考慮に入れる必要があることから、物理学や数学の手法を応用した学際的な研究の展開が生態系を研究する上で求められる。
 本講演では、生態学・ゲノム科学・ネットワーク科学・非線形力学等を融合することで、どこまで生態系の複雑な構造や動態の真相に迫ることができるのか、議論する。DNAシーケンサーの改良によって膨大な生物多様性情報を取得することが可能となった現在、たとえ数千種が共存する生態系であっても、その構造を解明することができるようになってきた。また、複数の生物ゲノムを同時に分析するメタゲノミクスや、RNA-seq等のハイ・スループットな遺伝子発現解析を利用することで、生態系全体の機能を比較的低コストに分析することが可能となってきた。さらに、ネットワーク科学や非線形力学の手法を応用することによって、多種システム全体の構造や動態を俯瞰的に捉えることが可能となりつつある。
 植物と共生微生物叢、各種動物の共生微生物叢、節足動物食物網等に関する研究事例を紹介しながら、地球上の生命システムの全体像を探る科学の未来について議論したい。


[References]
1) Toju H, Peay KG, Yamamichi M, Narisawa K, Hiruma K, Naito K, Fukuda S, Ushio M, Nakaoka S, Onoda Y, Yoshida K, Schlaeppi K, Bai Y, Sugiura R, Ichihashi Y, Minamisawa K, Kiers ET. (2018) Core microbiomes for sustainable agroecosystems. Nature Plants 4:247-257.
2) Toju H, Yamamichi M, Guimarães PR Jr, Olesen JM, Mougi A, Yoshida T, Thompson JN (2017) Species-rich networks and eco-evolutionary synthesis at the metacommunity level. Nature Ecology & Evolution 1:0024.
3) Toju H, Guimarães PR Jr, Olesen JM, Thompson JN (2014) Assembly of complex plant–fungus networks. Nature Communications 5:5273.

海底アーキアから見えてきた私たち真核生物の成り立ち
井町 寛之 *、延 優 ** [*:国立研究開発法人海洋研究開発機構、**:国立研究開発法人産業技術総合研究所]
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 私たち人間を含む真核生物は、原核生物であるアーキア (古細菌) から誕生したとされており、海底に棲むアスガルドと呼ばれるアーキアの一群がその有力な候補として考えられている。しかしながら、これまで本アーキア群の培養株の報告はなく、細胞形態や生理生態を含めたその実体およびアーキアから真核生物への進化の道筋は不明なままであった。本発表では、世界で初めて培養に成功したアーキアMK-D1株について、分離・培養、細胞・遺伝学的特徴、そして真核生物誕生の新仮説について紹介する。
 バイオリアクターと従来型の培養技術を組み合わせた戦略的な培養手法と12年に渡る試行錯誤を経て、深海の泥からMK-D1株を分離することに成功した。MK-D1株は絶対嫌気性で、増殖が極度に遅く、アミノ酸やペプチドを他の微生物と共生しながら分解し増殖する。MK-D1株は直径約550 nmの極小の球菌であり、その細胞内は他のアーキアと同様に単純で小器官は存在しない。一方で、細胞外は複雑で、増殖後期になると触手のような長い突起を形成し、多数の小胞を放出していることが特徴的であった。
 MK-D1株の完全長ゲノムを決定して分子系統解析を行った結果、MK-D1株はこれまで培養されている原核生物では最も真核生物に近縁であることが示された。加えて、そのゲノムにはこれまで真核生物に特異的なタンパク質とされていたアクチンやユビキチンなどをコードする遺伝子を数多く有することが明らかになっただけでなく、それらは細胞内で発現していた。さらに、MK-D1株および近縁なアーキア群と比較ゲノム解析を行った結果、最初の真核生物となった祖先アーキアはMK-D1株と同様にアミノ酸を利用し、他の微生物と共生しながら生育していたことが示唆された。
 MK-D1株の特徴やゲノム解析の結果に基づき、真核生物誕生の新仮説「E3モデル」を立てた。約27億年前に始まった大酸化イベントを契機に、嫌気性の祖先アーキアは酸素を解毒するために、ミトコンドリアの祖先となる好気性のバクテリアと共生を始めた。酸素濃度の上昇に伴い、その共生関係はより密になり、アーキアは突起と小胞を用いてバクテリアを細胞内に取り込んだ。その後、生物としての一体化が進み、最終的にアーキアが細胞の”操縦士”に、バクテリアが”動力源”となる真核生物細胞が誕生した。


[Reference]
1) Imachi H and Nobu MK et al., 2020. Isolation of an archaeon at the prokaryote-eukaryote interface. Nature, 577: 519-525.

自然リンパ球による肺線維症発症機構
茂呂 和世 [大阪大学大学院 医学系研究科生体防御学教室/理化学研究所生命医科学研究センター 自然免疫システム研究チーム]
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 2010年に報告した2型自然リンパ球(Group 2 innate lymphoid cells:ILC2)は、寄生虫感染時に上皮細胞から産生されるIL-33によって活性化し、ILC2はIL-2、IL-5、IL-6、IL-9、IL-13、GM-CSFなどの2型サイトカインを産生することで、寄生虫感染に対して好酸球浸潤や粘液産生など急速な防御反応を示す。一方で寄生虫感染がほとんど見られなくなった先進国では、アレルゲンの持つプロテアーゼ活性によって死んだ上皮細胞が放出するIL-33がILC2を活性化し、寄生虫感染時同様2型サイトカインを産生する事でアレルギー症状を悪化させる。ILC2に関するアレルギーの研究は、皮膚、呼吸器、消化器領域で行われているが、呼吸器領域では特に解析が進んでおり、気管支喘息、なかでも好酸球性喘息におけるILC2の役割は理解が進んでいる。
 一方、ILC2はアレルギーだけでなく、多様な免疫疾患で重要性が示されている。唯一ILC2が良い細胞として報告されているのが関節リウマチであるが、その他の多くの疾患でILC2は病態を悪化させることが示唆されており、ILC2特異的な抑制薬の開発が求められている。最近、ILC2は線維化に関わるIL-4、IL-13、Amphiregulin、TGFβなど、多様なサイトカインを産生することが明らかになってきた。IPF患者の肺胞洗浄液でILC2が優位に増加することがすでに報告されており、我々の研究室で作製したILC2活性化マウスは肺の線維化が自然発症することが明らかになったことから、ILC2がどのように線維化を誘導するのかについて最新の技術を用いて解析している。本講演では、ILC2による線維化発症機構の機序について紹介する。

血液がんに対するCAR-T細胞療法の開発
保仙 直毅 [大阪大学大学院 医学系研究科血液・腫瘍内科学]
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がんに特異的結合するモノクローナル抗体の抗原認識部位を利用し、Tリンパ球にがん細胞を異物として上手く認識させようというのがキメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor:CAR)のアイディアである。抗体の抗原認識部位(single chain Fv:scFv)とT細胞受容体のシグナル伝達部位(CD3ζ)、T細胞の共刺激分子であるCD28あるいは41BBを融合させてCARを構築する。レトロウイルスベクター等により、CARをT細胞に遺伝子導入したものがCAR T細胞である。CD19 CAR-T細胞のB細胞性血液がんに対する効果は驚異的であり、我々の教室でも昨年より実臨床を開始した。一方、それ以外の疾患については良いがん特異的標的を見出すのに世界中が苦労しているのが現状である。遺伝子やタンパク質の探索はすでに世界中で徹底的に行われ、新規治療標的の同定はきわめて困難と考えられる。しかし、もし、タンパク質の翻訳後変化(糖鎖修飾や立体構造変化など)により形成されるがん特異的抗原があれば、それらは今までの網羅的解析では見逃されているのではないかと我々は考えた。そこで、難治性血液がんである多発性骨髄腫においてそのような細胞表面抗原を同定することを目指して研究を開始した。骨髄腫特異的標的抗原を同定するために、骨髄腫細胞に結合する抗体を10,000クローン以上作製し、その中から正常血液細胞には結合せず、骨髄腫細胞に特異的に結合する抗体MMG49を同定した。このMMG49が認識しているタンパクを同定したところ、不思議なことにリンパ球に広く発現しているはずのインテグリンβ7であった。さらに解析を進めたところ、MMG49は活性型立体構造のインテグリンβ7のみを認識すること、そして、インテグリンβ7は骨髄腫細胞では恒常的に活性化型立体構造をとっているために、MMG49は骨髄腫細胞に非常に多く結合することが明らかになった。MMG49由来のキメラ抗原受容体(CAR)T細胞は、正常な造血細胞を損傷することなく抗骨髄腫効果を発揮した。これらの結果は、MMG49 CAR-T細胞療法がMMに対して有望であることを示しているだけでなく、細胞膜タンパクの発現自体ががん特異性を有さなくても、その活性化型構造が癌免疫療法の標的となり得ることを示している。


[References]
1) Hosen, N., et al. Nat Med 23:1436-1443, 2017.
2) Wagner, K.D.,et al. Nat Commun 5:5852, 2014.
3) Hosen, N., et al. Leukemia 26:2135-2141, 2012
4) Martinez-Estrada, et al. Nat Genet 42:89-93, 2010
5) Hosen, N.,et al. Proc Natl Acad Sci U S A 104:11008-11013, 2007.

データとモデルが駆動する生命科学
島村 徹平 [名古屋大学大学院 医学系研究科システム生物学分野]
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 ここ数十年に渡る測定技術の進展により、ゲノムや遺伝子発現などの分子情報、イメージングによる画像情報など、さまざまな生命情報が取得できるようになりました。これは、生命情報のデジタル化が進み、コンピュータを用いて生物の振る舞いをデータとして扱える量が膨大になったというように捉えることができます。こうした膨大なデータの活用の先には、さまざまな臨床的応用の可能性や期待があります。例えば、超早期疾患マーカーの開発、薬効や疾病再発の高精度予測、革新的な分子標的薬の発見、薬剤耐性機構の解明・克服などです。しかしながら、現実と期待の間には大きなギャップがあり、目標の実現のためには、ペタバイト級の膨大で複雑なデータがもつ不確実性を考慮しつつ、情報をまとめ、分析し、的確に結果を解釈するための枠組みが必要です。

 私達の研究チームはこれまで、最先端のデータサイエンスや機械学習を機軸として、膨大な生命情報を読み解くための数多くの数理モデルや情報解析技術を開発し、生命現象や疾病の理解に資する医学研究を行ってきました。今や、人工知能(AI)の発展も相まって著しい発展を見せるデータ駆動型科学は、すべての分野に大きな影響を与える領域であり、医学や生物学においてもブレイクスルーをもたらすには、避けては通れない分野となっています。本シンポジウムでは、特に、一細胞レベルで遺伝子発現やエピゲノム状態などを調べることができるシングルセル解析に焦点を当て、生命の複雑さにまつわる法則性を発見する最新の情報解析技術と今後の研究展望について紹介します。

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