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第29回 高遠・分子細胞生物学シンポジウム
データから生命のダイナミクスを知る
プログラム
卵子形成を再現するin vitro系の開発
尾畑 やよい
[東京農業大学 生命科学部 バイオサイエンス学科]
始原生殖細胞から卵子が分化する過程では、減数分裂期への移行と完了、卵巣内の支持細胞と卵母細胞による卵胞形成、卵母細胞の成長、ゲノムインプリンティングの確立、受精能や発生支持能の獲得など様々なイベントがあり、これらを全て完了した成熟卵子のみが、受精後に次世代を残す、つまり生殖に貢献することができます。一方、顕微授精が普及する昨今では、フリーズドライ処理後の精子でも生殖に貢献することができます。卵子が生殖細胞として機能するためには、精子と比較して非常に多くの要件を満たさなくてはいけないことになりますが、成熟卵子が分化するための必要十分条件はあまり明らかにされていません。また、ほ乳類の雌では雄と異なり、卵巣内に恒常的に体細胞分裂をして卵母細胞を供給する幹細胞がなく、卵巣内に存在する卵母細胞しか生殖資源になりえません。卵子は精子と比較して数的にも貴重なことがわかります。
私たちはこれまでに、成熟卵子の分化機構を解析・理解し、卵母細胞の高度利用技術に活用させたいと考え研究を進めてきました。卵子形成を再現するin vitro系や簡便な遺伝子導入方法が開発されれば、卵子形成過程を終始モニターしたり、遺伝子の機能解析を今よりも容易に行ったりすることができるため、卵子形成機構の解明に役立てることができます。また、体細胞分裂期の始原生殖細胞から卵子を産生することが可能になれば、卵子の増産につながることも期待されます。
本講演では、私たちが構築した卵子形成を再現するin vitro系について紹介させて頂きます。
ヒストンコードを読み解く:エピプロテオミクスからのアプローチ
川村 猛
[東京大学アイソトープ総合センター プロテオミクス研究室]
上皮の恒常性維持を司る細胞競合の分子基盤
大澤 志津江
[京都大学大学院 生命科学研究科 システム機能学]
[References]
1. Ohsawa et al., Elimination of oncogenic neighbors by JNK-mediated engulfment in Drosophila. Developmental Cell, 20, 315-328, 2011
2. Kunimasa, Ohsawa, Igaki, Cell competition: the struggle for existence in multicellular communities “New principles in Developmental Processes” Springer, 27-40, 2014
3. #Yamamoto, #Ohsawa (#equal contribution) et al., The ligand Sas and its receptor PTP10D drive tumour-suppressive cell competition. Nature, 542, 246-250, 2017
エングラムから探る「記憶が関連づけされる仕組み」
井ノ口 馨
[富山大学大学院 医学薬学研究部 生化学講座]
近年、「記憶」という科学の対象としてはあいまいな現象の物理科学的な実体「記憶エングラム(記憶痕跡)」がその姿を見せつつあります。すなわち、記憶は脳の中の特定の神経細胞集団という形で符号化されて蓄えられています。経験時に活動した特定の神経細胞集団(記憶エングラム)として記憶は符号化され、何らかのきっかけでその記憶エングラムが再び活動するとその記憶が想起されます。異なる記憶には異なる記憶エングラムが対応します。
私たちはマウスを用い、個々の記憶のエングラム細胞群を同定し、かつ、それらを光遺伝学を用いて人為的に操作することで、異なる記憶を組み合わせマウスが体験していない新しい記憶を作り出すことに成功しました。また、脳の海馬や扁桃体において、二つの記憶が関連づけられるときにそれぞれに対応する記憶エングラム同士の間の重複が記憶が連合しない場合に比べて大きく増大することを見いだしました。
さらに、私たちは重複した記憶エングラムは記憶の関連づけ(連合)のみに関与し、それぞれの記憶を思い出すためには必要ではないことを明らかにしました。すなわち、連合した2つの記憶を思い出した時に、重複した記憶エングラムの活動のみを光遺伝学的に抑制すると、2つの記憶の間の連合が抑制される一方で、それぞれのオリジナルの記憶は正常に想起することができました。これにより、2つの記憶エングラムが同時に活動し重複することが記憶の連合メカニズムであることが明らかになりました。さらに、重複したエングラムは、「通常ならすぐに忘れてしまうようなささいな出来事でも、その前後に強烈な体験をした場合には、長く記憶として保存される現象」である行動タグの成立にも重要であることが明らかになりました。
これらの成果は、記憶エングラムを人為的に操作することで、記憶同士の関連づけを自在に操作できることを示すと共に、知識や概念の形成の理解への第一歩となると期待されます。
[References]
1. Yokose et al. (2017) Overlapping memory trace indispensable for linking, but not recalling, individual memories. Science, 355, 398-403.
2. Nomoto et al. (2016) Cellular tagging as a neural network mechanism for behavioral tagging. Nature Communications, 7: 12319.
3. Ohkawa et al. (2015) Artificial association of pre-stored information to generate a qualitatively new memory. Cell Reports, 11, 261-269.
4. Okada et al. (2009) Input-specific spine entry of soma-derived Vesl-1S protein conforms to synaptic tagging. Science, 324, 904-909.
5. Kitamura et al. (2009) Adult neurogenesis modulates the hippocampus-dependent period of associative fear memory. Cell 139, 814-827.
交感神経によるリンパ球の体内動態の制御
鈴木 一博
[大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫応答ダイナミクス研究室]
[References]
Nakai, A., Hayano, Y., Furuta, F., Noda, M. and Suzuki, K. Control of lymphocyte egress from lymph nodes through β2-adrenergic receptors. J. Exp. Med. 211: 2583-2598, 2014.
Suzuki, K., Hayano, Y., Nakai, A., Furuta, F. and Noda, M. Adrenergic control of the adaptive immune response by diurnal lymphocyte recirculation through lymph nodes. J. Exp. Med. 213: 2567-2574, 2016.
生理的な体型変化に適応するための表皮幹細胞ダイナミクス
豊島 文子
[京都大学ウイルス・再生医科学研究所 生体システム研究部門 組織恒常性システム分野]
皮膚は表皮、真皮、皮下組織からなり、表皮は角質層、顆粒層、有棘層、基底層からなる重層構造をとっている。表皮の基底層には、増殖能と未分化能をもつ表皮幹細胞が存在し、常に新しい細胞を供給している。それらの細胞が、基底膜から外れて上層に移行し、段階的分化過程を経て、最終的に垢として剥がれることで皮膚は新陳代謝を繰り返し、その恒常性を維持している。基底細胞の分裂には方向性がある。すなわち、基底膜に対して平行あるいは垂直に分裂し、前者は皮膚の上皮シートの拡大に寄与し、後者は皮膚の重層構造の形成と新陳代謝に寄与している。
私たちの研究室では、妊娠期母体マウスの腹側皮膚において、表皮幹細胞が基底膜に対して平行に非対称分裂し、増殖能の高いTransit amplifying (TA)細胞を産生すること、このTA細胞がさらに平行分裂することで皮膚の拡張が誘導されることを発見した。TA細胞の産生に必須の転写因子を同定し、この遺伝子を母体マウスの腹側表皮でノックアウトすると、妊娠期腹側の皮膚拡張が顕著に抑制されることを見出した。また、この母マウスの胎児は、体のサイズと体重が低下する傾向が認められたことから、母マウスの表皮の拡張は胎児の成長にも影響を与えることが示唆された。さらに、妊娠期腹側表皮の表皮幹細胞とTA細胞のダイナミクスは、真皮からのシグナルに依存することが分かった。
これらの知見とともに、妊娠期における表皮幹細胞のダイナミクスを皮膚の創傷治癒に応用する可能性についても議論する。
遺伝統計学で迫る疾患病態の解明とゲノム創薬
岡田 随象
[大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学]
[References]
1. Okada Y, et al. Contribution of a Non-classical HLA Gene, HLA-DOA, to the Risk of Rheumatoid Arthritis. Am J Hum Genet 2016;99:366-374.
2. Okada Y, et al. Construction of a population-specific HLA imputation reference panel and its application to Graves’ disease risk in Japanese. Nat Genet 2015;47:798-802.
3. Okada Y, et al. Genetics of rheumatoid arthritis contributes to biology and drug discovery. Nature 2014;506:376-381
開催風景
シンポジウムが始まります。今年もよく晴れました!
早く始まらないかな。いまかいまかと開演を待つ皆さま。
熱い講演(演者は大澤先生)
質疑応答①(世話人も黙っちゃいられない!)
質疑応答②(演者同士も参加者も!質問者は豊島先生)
ポスター発表も大盛り上がりです。
ポスター最優秀賞(伊藤祥子先生)
来年、第30回も来てくださいね~。お待ちしてます!
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