過去のシンポジウム
第27回 高遠・分子細胞生物学シンポジウム
生命はなぜ組織化することを選んだのか
プログラム
植物に脳はあるか
遠藤 求
[京都大学 生命科学研究科 分子代謝制御学]
動物と植物の概日時計の構成要素に相同性は無いものの、(1)動植物の概日時計は転写を介したフィードバック制御という共通した分子機構を持っていること、(2)花成や就眠運動の実現には、個々の細胞が持つリズムを個体レベルで統合する必要があること、などから、植物にも動物で見られるような概日時計の組織特異的な機能分担があると考えられた。
私たちは植物の概日時計システムにも明確な中枢が見られるのかどうかを明らかにするために、モデル植物シロイヌナズナにおいて組織レベルでの概日リズムの解析を可能にするいくつかの技術を開発してきた。これらを用いた解析から、植物の概日時計には脳のような一つのコアがあるわけではなく、複数のコアがそれぞれ独立の環境刺激を処理しつつ協調する、組織を単位とした分散型のネットワーク構造を持っていることが明らかになりつつある。今回は、こうした植物の概日時計における組織特異的な役割について紹介したい。
Reference
Tissue-specific clocks in Arabidopsis show asymmetric coupling
Endo, M.†, Shimizu, H., Nohales, A.M., Araki, T. & Kay, S.A. †Corresponding author
Nature 515, 419-422 (2014).
動物の体に模様ができる原理
近藤 滋
[大阪大学大学院 生命機能研究科 パターン形成研究室]
ゼブラフィッシュの模様形成は2種類の色素細胞(メラノフォア、ザンソフォア)の相互作用によってつくられる。それぞれの細胞の挙動を詳しく解析したところ、全体としてTuringの理論から導かれる縞模様形成の必要条件を満たすことが解った。しかし、オリジナルのTuringのモデルとは重要な点で違いが有った。遠距離のシグナル伝達は、モデルで想定されていたリガンドの拡散では無く、細胞から伸びる突起を介して起きる。それらを数式化すると、確かにTuring Patternの形成条件(近距離の活性化+長距離の抑制)を満たしていたため、Turingモデルの変形、と解釈することは可能であるが、拡散を使った定式化がそのままでは当てはまらない。
現在、多くの実験研究者が、反応拡散モデルを作業仮説に研究を進めているが、皮膚模様の場合と同様、細胞が拡散以外のシグナル伝達法を採用することで、オリジナルのTuringモデルが当てはまらない状況が多数あるはずである。反応拡散にこだわると、存在しない「拡散リガンド」を探し続けることになる可能性もあり、モデルの方の手直しが求められている。
講演では、実験サイドからの要請を入れて、より一般化したTuringモデルを提案し、会場の皆さんと一緒に議論したい。モデルから実験系への一方通行でなく、実験事実に基づいたモデルの進化が起こることが、生命科学と数学の融合につながると考えている。
ショウジョウバエを用いた聴覚神経回路の理解
上川内 あづさ
[名古屋大学 大学院理学研究科 生命理学専攻 脳回路構造学]
References
1. Matsuo et al (2014). Identification of novel vibration- and deflection-sensitive neuronal subgroups in Johnston’s organ of the fruit fly. Front Physiol. 5:179. doi: 10.3389/fphys.2014.00179
2. Yoon et al (2013). Selectivity and plasticity in a sound-evoked male-male interaction in Drosophila. PLoS ONE 8(9): e74289. doi:10.1371/journal.pone.0074289
3. Kamikouchi (2013). Auditory neuroscience in fruit flies. Neurosci Res. 76(3):113-8.
4. Kamikouchi et al (2010). Mechanical feedback amplification in Drosophila hearing is independent of synaptic transmission. Eur J Neurosci 31, 697-703.
5. Kamikouchi et al (2009). The neural basis of Drosophila gravity sensing and hearing. Nature (Article) 458, 165-171.
世界の野生動物をフィールドワークする
幸島 司郎
[京都大学野生動物研究センター]
皮膚ライブイメージングから捉える皮膚免疫
椛島 健治
[京都大学大学院医学研究科 皮膚生命科学講座]
皮膚は外界と体内とを隔てる単なるバリアではなく、絶えず外来抗原の侵入に曝される最前線の免疫臓器である。そこでは接触過敏反応、細菌・ウイルス感染防御、自己免疫反応など、多彩な免疫応答が誘導されている。また皮膚では、侵襲を与えずに詳細な観察が可能であること、様々な種類の免疫細胞が存在していること、種々の免疫反応を誘導するマウス実験モデルが既に多数確立されていることから、免疫細胞のライブイメージングに最適な研究モデルが提供されうる。
従来、皮膚免疫細胞の動態や局在は皮膚生検をもとにある一時期における二次元の世界から類推せざるを得なかったが、近年の二光子励起顕微鏡システムや光転換タンパクを遺伝子導入したマウスシステムの開発により、時空間的に免疫細胞の動態を捉えることが出来るようになった。これらの技術導入により明らかとなった接触皮膚炎時のリンパ球や樹状細胞の相互作用、表皮ランゲルハンス細胞の動態などのライブイメージングを介した皮膚免疫における新たな世界を提示させていただきたい。
References
1. Natsuaki Y., et al. 2014. Nat Immunol 15:1064-9
2. Otsuka A., et al. 2013. Nat Commun 4:1739
3. Nakajima S., et al. 2012. J Allergy Clin Immunol 129(4):1048-55
4. Tomura M., et al. 2010. J Clin Invest 120(3):883-93
5. Nagamachi M., & Kabashima K., et al. 2007. J Exp Med 204(12):2865-74.
6. Kabashima K., et al. 2006. J Exp Med 203:2683-2690.
7. Kabashima K., et al. 2005. Immunity 22:439-450.
8. Kabashima K., et al. 2003. Nat Med 9:744-749.
9. Kabashima K., et al. 2003. Nat Immunol 4:694-701.
びまん型胃癌(スキルス胃癌)のドライバー遺伝子
石川 俊平
[東京医科歯科大学 難治疾患研究所 ゲノム病理学分野]
遺伝子レベルの解析ではびまん型胃癌に特異的に約1/4の症例でRHOA遺伝子変異を認め、アミノ酸置換部位が3か所(Y42C,G17E,R5Q/W)のホットスポットを形成しているため機能獲得性変異である可能性が示唆される。特にY42Cはcore effector regionと呼ばれエフェクター分子等他のタンパクとの相互作用に重要な部分に含まれていた。実験的な検証では腫瘍細胞株では変異型RHOA依存的に増殖・生存していることが示され、変異型RHOAがドライバー遺伝子として働くことが考えられた。
RHOA変異を持つ胃癌の大部分はBorrmann3型の肉眼形態をとり、典型的なびまん型胃癌としての組織像に加えて粘膜部に分化した成分を伴っている。ダイセクションを行って解析することにより粘膜分化部にも変異が入っていることがわかり、胃癌の発生の比較的初期から変異が入っていることが示唆された。
RHOA変異型胃癌はHER2陽性の割合が極めて低く、既存の分子標的治療薬の適応になりにくい群であると考えられた。難治性で有効な治療法がないびまん型胃癌にとって変異型RHOAは新規治療標的分子候補となるとともに、胃癌の分子病理学的分類における重要な指標となると考えられる。
Reference
Kakiuchi M, Nishizawa T, Ueda H, Gotoh K, Tanaka A, Hayashi A, Yamamoto S, Tatsuno K, Katoh H, Watanabe Y, Ichimura T, Ushiku T, Funahashi S, Tateishi K, Wada I, Shimizu N, Nomura S, Koike K, Seto Y, Fukayama M, Aburatani H, Ishikawa S*. Recurrent gain-of-function mutations of RHOA in diffuse-type gastric carcinoma.
Nat Genet. 2014 Jun;46(6):583-7. doi: 10.1038/ng.2984. PubMed PMID: 24816255.
がん免疫療法における制御性T細胞
西川 博嘉
[国立がん研究センター 先端医療開発センター 免疫TR分野]
悪性黒色腫局所には免疫抑制活性の強い活性化型Tregsが多数浸潤している。これらのTregsはケモカインレセプター4(CCR4)を選択的に強発現しており、抗CCR4抗体により活性化型Tregsを除去することで、がん抗原特異的T細胞を活性化できることを報告した。しかし、必ずしも全てのがん腫でCCR4を強発現するTregsは認められず、腫瘍局所に浸潤する活性化型Tregsに特異的な分子を標的とした治療の開発が必要である。活性化型Tregsに特異的な分子シグナルを検討したところ、活性化型Tregsは、他のT細胞に比較してT細胞レセプターシグナルに介在するチロシンキナーゼに強く依存していた。このキナーゼ分子はチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)により阻害されるため、TKI治療によりTregsが選択的に除去されることが示され、TKIによる活性化型Tregsを標的とした新たながん免疫療法の可能性が示唆された。
References (*Corresponding author)
1. Maeda Y, *Nishikawa H, Sugiyama D, Ha D, Hamaguchi M, Saito T, Nishioka M, Wing JB, Adeegbe D, Katayama I and Shakaguchi S; Regulatory T cells drive autoimmune T cells into a distinct T-cell subpopulation functionally anergic and expressing CTLA-4. Science. 346(6216):1536-1540 2014.
2. Nishikawa H, Sakaguchi S; Regulatory T cells in cancer immunotherapy. Curr Opin Immunol. Jan 9;27:1-7 2014.
3. Sugiyama D, *Nishikawa H, Maeda Y, Nishioka M, Tanemura A, Katayama I, Ezoe S, Kanakura Y, Sato E, Fukumori Y, Karbach J, Jager E and Shakaguchi S; Anti-CCR4 mAb selectively depletes effector-type FoxP3CD4+ regulatory T cells, evoking anti-tumor immune responses in humans. Proc. Natl. Acad Sci USA. 110(44):17945-17950 2013.
ホスホリパーゼA2分子ファミリーを起点とした脂質代謝の新しいパラダイム
村上 誠
[東京都医学総合研究所 脂質代謝プロジェクト/AMED CREST]
References
1. Sato H et al. The adipocyte-inducible secreted phospholipases PLA2G5 and PLA2G2E play distinct roles in obesity. Cell Metab. 20, 119-132 (2014)
2. Taketomi Y et al. Mast cell maturation is driven via a group III phospholipase A2-prostaglandin D2-DP1 receptor paracrine axis. Nat. Immunol. 14, 554-563 (2013)
3. Miki Y et al. Lymphoid tissue phospholipase A2 group IID resolves contact hypersensitivity by driving anti-inflammatory lipid mediators. J. Exp. Med. 210, 1217-1234 (2013)
4. Sato H et al. Group III secreted phospholipase A2 regulates epididymal sperm maturation and fertility in mice. J. Clin. Invest. 120, 1400-1414 (2010)
開催風景
いよいよシンポジウムが始まります(会場は写真の後ろにも広がっており2倍の広さがあります)
近藤 滋 先生による講演 非常に盛り上げていただきました
上川内 あづさ 先生による講演 世話人とのやり取りも楽しくおもしろい!
活発な質疑応答が展開されます (演者は遠藤 求 先生)
ポスター発表 深夜まで熱いディスカッションが続きます
皆さまをお迎えいたします
演者、参加者、世話人 皆一緒に精進料理をいただきます
会場から見える琵琶湖 曇り空でも圧巻です
毎年楽しみにしていただいているシンポジウムTシャツ 第27回のデザインです
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