過去のシンポジウム
第32回 高遠・分子細胞生物学シンポジウム
これからどうなる生命科学
プログラム
生命現象と多体系物理――流れる細胞集団、ターンオーバーする組織――
川口 喬吾
[理化学研究所 開拓研究本部・生命機能科学研究センター]
本講演では、細胞が自発運動していることにより現れる集団運動の現象や、皮膚をはじめとする成体組織の恒常性維持機構を例として、多体系物理の考え方が生命科学にどのように役立ちうるを紹介しつつ、物理学の視点からみてもどういう点がおもしろく、チャレンジングであるかについてもお話ししたいと考えています。
異分野融合で解き明かす生物間相互作用と生態系動態
東樹 宏和
[京都大学 生態学研究センター]
本講演では、生態学・ゲノム科学・ネットワーク科学・非線形力学等を融合することで、どこまで生態系の複雑な構造や動態の真相に迫ることができるのか、議論する。DNAシーケンサーの改良によって膨大な生物多様性情報を取得することが可能となった現在、たとえ数千種が共存する生態系であっても、その構造を解明することができるようになってきた。また、複数の生物ゲノムを同時に分析するメタゲノミクスや、RNA-seq等のハイ・スループットな遺伝子発現解析を利用することで、生態系全体の機能を比較的低コストに分析することが可能となってきた。さらに、ネットワーク科学や非線形力学の手法を応用することによって、多種システム全体の構造や動態を俯瞰的に捉えることが可能となりつつある。
植物と共生微生物叢、各種動物の共生微生物叢、節足動物食物網等に関する研究事例を紹介しながら、地球上の生命システムの全体像を探る科学の未来について議論したい。
[References]
1) Toju H, Peay KG, Yamamichi M, Narisawa K, Hiruma K, Naito K, Fukuda S, Ushio M, Nakaoka S, Onoda Y, Yoshida K, Schlaeppi K, Bai Y, Sugiura R, Ichihashi Y, Minamisawa K, Kiers ET. (2018) Core microbiomes for sustainable agroecosystems. Nature Plants 4:247-257.
2) Toju H, Yamamichi M, Guimarães PR Jr, Olesen JM, Mougi A, Yoshida T, Thompson JN (2017) Species-rich networks and eco-evolutionary synthesis at the metacommunity level. Nature Ecology & Evolution 1:0024.
3) Toju H, Guimarães PR Jr, Olesen JM, Thompson JN (2014) Assembly of complex plant–fungus networks. Nature Communications 5:5273.
海底アーキアから見えてきた私たち真核生物の成り立ち
井町 寛之 *、延 優 **
[*:国立研究開発法人海洋研究開発機構、**:国立研究開発法人産業技術総合研究所]
バイオリアクターと従来型の培養技術を組み合わせた戦略的な培養手法と12年に渡る試行錯誤を経て、深海の泥からMK-D1株を分離することに成功した。MK-D1株は絶対嫌気性で、増殖が極度に遅く、アミノ酸やペプチドを他の微生物と共生しながら分解し増殖する。MK-D1株は直径約550 nmの極小の球菌であり、その細胞内は他のアーキアと同様に単純で小器官は存在しない。一方で、細胞外は複雑で、増殖後期になると触手のような長い突起を形成し、多数の小胞を放出していることが特徴的であった。
MK-D1株の完全長ゲノムを決定して分子系統解析を行った結果、MK-D1株はこれまで培養されている原核生物では最も真核生物に近縁であることが示された。加えて、そのゲノムにはこれまで真核生物に特異的なタンパク質とされていたアクチンやユビキチンなどをコードする遺伝子を数多く有することが明らかになっただけでなく、それらは細胞内で発現していた。さらに、MK-D1株および近縁なアーキア群と比較ゲノム解析を行った結果、最初の真核生物となった祖先アーキアはMK-D1株と同様にアミノ酸を利用し、他の微生物と共生しながら生育していたことが示唆された。
MK-D1株の特徴やゲノム解析の結果に基づき、真核生物誕生の新仮説「E3モデル」を立てた。約27億年前に始まった大酸化イベントを契機に、嫌気性の祖先アーキアは酸素を解毒するために、ミトコンドリアの祖先となる好気性のバクテリアと共生を始めた。酸素濃度の上昇に伴い、その共生関係はより密になり、アーキアは突起と小胞を用いてバクテリアを細胞内に取り込んだ。その後、生物としての一体化が進み、最終的にアーキアが細胞の”操縦士”に、バクテリアが”動力源”となる真核生物細胞が誕生した。
[Reference]
1) Imachi H and Nobu MK et al., 2020. Isolation of an archaeon at the prokaryote-eukaryote interface.
Nature, 577: 519-525.
自然リンパ球による肺線維症発症機構
茂呂 和世
[大阪大学大学院 医学系研究科生体防御学教室/理化学研究所生命医科学研究センター 自然免疫システム研究チーム]
一方、ILC2はアレルギーだけでなく、多様な免疫疾患で重要性が示されている。唯一ILC2が良い細胞として報告されているのが関節リウマチであるが、その他の多くの疾患でILC2は病態を悪化させることが示唆されており、ILC2特異的な抑制薬の開発が求められている。最近、ILC2は線維化に関わるIL-4、IL-13、Amphiregulin、TGFβなど、多様なサイトカインを産生することが明らかになってきた。IPF患者の肺胞洗浄液でILC2が優位に増加することがすでに報告されており、我々の研究室で作製したILC2活性化マウスは肺の線維化が自然発症することが明らかになったことから、ILC2がどのように線維化を誘導するのかについて最新の技術を用いて解析している。本講演では、ILC2による線維化発症機構の機序について紹介する。
血液がんに対するCAR-T細胞療法の開発
保仙 直毅
[大阪大学大学院 医学系研究科血液・腫瘍内科学]
[References]
1) Hosen, N., et al. Nat Med 23:1436-1443, 2017.
2) Wagner, K.D.,et al. Nat Commun 5:5852, 2014.
3) Hosen, N., et al. Leukemia 26:2135-2141, 2012
4) Martinez-Estrada, et al. Nat Genet 42:89-93, 2010
5) Hosen, N.,et al. Proc Natl Acad Sci U S A 104:11008-11013, 2007.
データとモデルが駆動する生命科学
島村 徹平
[名古屋大学大学院 医学系研究科システム生物学分野]
私達の研究チームはこれまで、最先端のデータサイエンスや機械学習を機軸として、膨大な生命情報を読み解くための数多くの数理モデルや情報解析技術を開発し、生命現象や疾病の理解に資する医学研究を行ってきました。今や、人工知能(AI)の発展も相まって著しい発展を見せるデータ駆動型科学は、すべての分野に大きな影響を与える領域であり、医学や生物学においてもブレイクスルーをもたらすには、避けては通れない分野となっています。本シンポジウムでは、特に、一細胞レベルで遺伝子発現やエピゲノム状態などを調べることができるシングルセル解析に焦点を当て、生命の複雑さにまつわる法則性を発見する最新の情報解析技術と今後の研究展望について紹介します。
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