過去のシンポジウム
第31回 高遠・分子細胞生物学シンポジウム
微生物・植物・動物・ヒトをつらぬくバイオロジー
プログラム
森林の開花季節を遺伝子発現から知る
佐竹 暁子
[九州大学大学院 理学研究院 生物科学部門]
私達は、長年謎とされてきた一斉開花および豊凶現象のメカニズムを解き明かすことを目標に研究を推進してきた。私達の研究方法の特徴は、生物の環境応答にみられる多様性を相同遺伝子というゲノム上の共通性と数理モデルによって記述される環境応答ロジックの共通性をもとに明らかしようとする点である。植物が開花に至る背後には、長い進化の過程で形作られた緻密な遺伝子制御ネットワークが存在する。それは日の長さや温度そして栄養状態などの環境が整ったタイミングで花組織を形作る遺伝子群を発現させ、開花を誘導することに役立っている。本講演では、生活史と生息環境の異なる植物を対象に遺伝子発現を野外でモニタリングし観測データを数理モデルと融合させることによって、数年に一度大規模に開花・結実する一斉開花現象やブナ林の豊凶現象の仕組みを解き明かした成果を発表する。現在伐採などで規模が縮小されている熱帯生態系や地球環境変動に直面する森林生態系の将来を予測するアプローチについても紹介したい。
参考文献
1. 佐竹暁子, 沼田真也, 谷尚樹, 市栄智明(2016)一斉開花:多様な種が同調して刻む繁殖リズム 新田梢、陶山佳久編「生物リズムの生態学 時をはかる生物たちの多様性」文一総合出版, 東京
2. 佐竹暁子 (2016) 数理モデルを通してみる植物の環境応答力, 化学と生物, 54, 205–211.
昆虫の多様な形質をもたらす分子メカニズムを探る
新美 輝幸
[基礎生物学研究所 進化発生研究部門/総合研究大学院大学 生命科学研究科]
テントウムシは主に赤色と黒色からなる目立つ斑紋をもっています。この斑紋は、種に特徴的なパターンを示し、近縁種間でも異なっています。興味深いことに、ナミテントウには種内において極めて多様性に富む斑紋多型が存在します。一方、カブトムシの角は性的二型形質であり、雄だけに形成されます。角は近縁種間において数や形、大きさ、形成される場所などの点で多様性に富んでいます。テントウムシの斑紋やカブトムシの角の多様性はどのような分子メカニズムによってもたらされるのでしょうか?本シンポジウムでは、テントウムシの翅の斑紋形成とカブトムシの角形成の分子基盤に関する研究成果および今後の展望について紹介します。
参考文献
Ando, T., Matsuda, T., Goto, K., Hara, K., Ito, A., Hirata, J., Yatomi, J., Kajitani, R., Okuno, M., Yamaguchi, K., Kobayashi, M., Takano, T., Minakuchi, Y., Seki, M., Suzuki, Y., Yano, K., Itoh, T., Shigenobu, S., Toyoda, A. and Niimi, T. (2018) Repeated inversions within a pannier intron drive diversification of intraspecific colour patterns of ladybird beetles. Nature Communications, 9, 3843.
Ohde, T., Morita, S., Shigenobu, S., Morita, J., Mizutani, T., Gotoh, H., Zinna, R. A., Nakata, M., Ito, Y., Wada, K., Kitano, Y., Yuzaki, K., Toga, K., Mase, M., Kadota, K., Rushe, J., Lavine, L. C., Emlen, D. J., Niimi, T. (2018) Rhinoceros beetle horn development reveals deep parallels with dung beetles. PLOS Genetics, 14, e1007651.
Morita, S., Ando, T., Maeno, A., Mizutani, T., Mase, M., Shigenobu, S. and Niimi, T. (2019) Precise staging of beetle horn formation in Trypoxylus dichotomus reveals the pleiotropic roles of doublesex depending on the spatiotemporal developmental contexts. PLOS Genetics, in press.
DNAイベントレコーディング
谷内江 望
[東京大学先端科学技術研究センター]
がん微小環境の免疫抑制ネットワークとがん免疫療法
西川 博嘉
[国立がん研究センター研究所 腫瘍免疫研究分野・先端医療開発センター 免疫 TR分野/名古屋大学大学院医学系研究科 微生物・免疫学講座 分子細胞免疫学]
これらの併用療法が進められることで、免疫関連有害事象(irAE)が問題となる。irAEにはステロイド剤が多く用いられるが、ステロイド剤のICBによる抗腫瘍効果に与える影響は不明であった。マウスモデルを用いて検討したところ、ステロイド剤はがん抗原特異的CD8+T細胞のプライミングを阻害するものの、活性化されたがん抗原特異的CD8+T細胞については影響を与えないことが示された。さらに重要なことに、ICBによる長期予後に関与するメモリーT細胞形成において、ステロイド剤はTCR親和性が低い自己抗原特異的CD8+T細胞を選択的に抑制していた。これらの抑制は、TCR下流シグナルによるステロイド受容体のリン酸化調節により、メモリーT細胞に重要な脂肪酸代謝に影響を与えていることが重要であることが明らかになった。
今後は、がん患者のがん細胞の特性をゲノム解析により明らかにするとともに、がん局所での免疫応答を統合的に検討することで、個々の患者のがん微小環境に十分に配慮した治療開発「免疫プレシジョン医療」が枢要である。
細胞内でゲノムはどのような構造で収納されているか?
谷口 雄一
[理化学研究所 生命機能科学研究センター]
しかし、実際の細胞の中にゲノムDNAがどのような3次元構造で収納されているのかは、これまでの研究ではあまり詳細には分かっていませんでした。
そこで我々は、ゲノムの最小構造単位である単一ヌクレオソームレベルの分解能で、ゲノムの3次元構造を決定する手法を開発しました[1,2]。この解析法は、従来の次世代シーケンサーを用いたゲノム構造解析法を高分解能化するのと同時に、分子動力学計算による3次元分子モデリングをスーパーコンピューターを用いて大規模に行うことにより初めて実現されました。この技術を用いて出芽酵母のゲノムを解析したところ、これまで規則的に並んでいると考えられていたヌクレオソーム配列が、実は2通りのヌクレオソーム配列(正四面体型とひし形型)の組み合わせによって成り立っていることを見つけました。
今後、ヒトを含む様々な生物種に解析を拡張し、疾患や薬剤存在下におけるゲノム構造を解析することにより、ゲノムDNAの収納原理の一般則や、ゲノム構造による細胞状態の制御論理が明らかになってくると期待されます。
[1] Ohno, M., et al., Cell 176, 520-534 (2019)
[2] 理研・JST合同プレスリリース「世界最高分解能で全ゲノムの3次元構造を解明-ゲノムの基本構造単位の発見-」2019年1月18日
階層をつなぐ視点からダイナミクスを考える。
澤井 哲
[東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻相関基礎科学系]
文献
1. T. Fujimori, A. Nakajima, N. Shimada, S. Sawai (2019) Tissue self-organization based on collective cell migration by contact activation of locomotion and chemotaxis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 116, 4291-4296.
2. K. Kamino, Y. Kondo, A. Nakajima, M. Honda-Kitahara, K. Kaneko, S. Sawai (2017) Fold-change detection and scale-invariance of cell-cell signaling in social amoeba. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, E4149-E4157.
3. A. Nakajima, S. Ishihara, D. Imoto and S. Sawai (2014) Rectified directional sensing in long-range cell migration. Nat. Commun. 5, 5367.
4. D. Taniguchi‡, S. Ishihara‡, T. Oonuki, M. Honda-Kitahara, K. Kaneko and S. Sawai (2013) Phase geometries of two-dimensional excitable waves govern self-organized morphodynamics of amoeboid cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 110, 5016-5021. (‡ Equal contribution)
5. T. Gregor, K. Fujimoto, N. Masaki and S. Sawai (2010) The onset of collective behavior in social amoebae. Science 328, 1021-1025.
6. S. Sawai, P.T. Thomason and E.C. Cox (2005) An autoregulatory circuit for long-range self-organization in Dictyostelium cell populations. Nature 433, 323-326.
腸管恒常性の維持機構
竹田 潔
[大阪大学大学院医学系研究科・免疫学フロンティア研究センター]
そして、腸管組織の免疫細胞は他の組織の免疫系と異なり、その活性が抑制(制御)されていること、炎症性腸疾患患者ではその活性制御機構が障害されていることを見出してきている。また、腸内細菌が免疫系に晒されないメカニズムとして、腸管上皮細胞が産生する分子(Lypd8)による新規バリアメカニズムを明らかにしてきている。Lypd8などによる分子により直接宿主細胞と接することなく腸管腔内に棲息している腸内細菌が宿主に作用するメカニズムとして、腸内細菌叢依存性に腸管腔内で産生される分子の宿主作用機構についても解析している。その結果、アデノシン3リン酸、分子鎖アミノ酸、二次胆汁酸、乳酸、ピルビン酸などの宿主細胞への作用機構を明らかにしてきた。
このように、腸管の恒常性は、腸内細菌と免疫系の相互作用、そしてその制御により、見事なまでに維持されている。
References
Morita N, et al. Nature 566,110-114 (2019).
Okumura R, et al. Nature 532, 117-121 (2016).
Kitada S, et al. J. Exp. Med. 214, 1313-1331 (2017).
Tsai SH, et al. Immunity 42, 279-293 (2015).
Atarashi K, et al. Nature 455, 808-812 (2008).
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