過去のシンポジウム

開催概要

タイトル 第34回  高遠分子細胞生物学シンポジウム
テーマ 最先端分子細胞生物学が見せる未来
開催期間 2023年8月28日(月)~29日(火)

プログラム

2023/08/28-29

組織形成を理解するための単一細胞マルチオミクスの開発
大川 恭行 先生 [九州大学 生体防御医学研究所 高深度オミクスサイエンスセンター 教授]
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人体を構成する細胞は200種類以上存在し、それぞれ異なる遺伝子発現様式によって固有の細胞機能を発揮し組織形成する。このような、多彩な細胞それぞれが固有の細胞機能を獲得するために、同一のゲノムから必要な遺伝情報を得る機序が存在すると考えられるが、その実態は未だ明らかとなっていない。このようゲノム機能を明らかにするためには、幹細胞等の生体内で不均一な状態で存在する少数細胞を単一細胞レベルで包括的に解析し、幹細胞から特定の細胞へと形質変化するために必要なゲノム構造を取得する技術を開発する必要がある。そこで、我々は免疫沈降法よりも効率的なエピゲノムプロファイリング法であるChromatin Integration Labeling (ChIL)を開発し、シングルセル解析のための技術開発を進めてきた。現在、ハイスループットChIL法を用いたシングルセル・エピゲノム解析や空間オミクス解析により、分化の系統的な解析に取り組んでいる。その技術開発の現状と今後の可能性について議論したい。



Reference
1: Harada A, Kimura H, Ohkawa Y. Recent advances in single-cell epigenomics. Curr Opin Struct Biol. 2021 doi: 10.1016/j.sbi.2021.06.010.
2: Maehara K, et al. Modeling population size independent tissue epigenomes by ChIL-seq with single thin sections. Mol Syst Biol. 2021 doi: 10.15252/msb.202110323.
3: Honda M, et al. High-depth spatial transcriptome analysis by photo-isolation chemistry. Nat Commun. 2021 doi: 10.1038/s41467-021-24691-8.
4: Harada A, et al. A chromatin integration labelling method enables epigenomic profiling with lower input. Nat Cell Biol. 2019 doi: 10.1038/s41556-018-0248-3.
5: Harada A, et al. Histone H3.3 sub-variant H3mm7 is required for normal skeletal muscle regeneration. Nat Commun. 2018 doi:10.1038/s41467-018-03845-1.

再生のしやすさ、しにくさはいかにして決まるのか?
杉本 慶子 先生 [国立研究開発法人理化学研究所 環境資源科学研究センター細胞機能研究チーム チームリーダー]
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 動物に比べて一般に植物は高い再生能力を持つと言われている。動物でも植物でも体の一部が傷つくと傷口付近の組織を修復することはできるが、傷ついた根から茎葉を作ったり、茎葉の切り口から根を生やすといったように傷害後に新たな器官を形成してクローン個体を生み出すという再生様式は植物に特有なものである。このような自然界にみられる植物の再生現象は古くから知られており、今日でも接ぎ木や挿し木による野菜や果樹等の優良品種の量産に利用されている。さらに、20世紀初頭からの生理学実験からオーキシンやサイトカイニンと呼ばれる植物ホルモンが植物の再生能力を向上させることが明らかになり、これらの植物ホルモンを培地に加えて植物片から根や茎葉を再生させるという組織培養技術が広く活用されてきた。こうした培養条件下では一旦最終分化した細胞も分裂を再開し、植物体を再生することから、植物細胞は分化後も多能性を維持しており、特定の条件下ではそれを再発揮できることが分かっている。一方で、組織培養技術を用いても再生しにくい植物種が多数存在することも事実であり、ゲノム編集によって優良品種を作出する際の大きなボトルネックとなっている。それでは、再生しやすい、しにくいという形質はどのようにして決まるのだろうか?
私たちは、植物の再生が主に傷口で起きるという点に注目し、傷害ストレスによって植物細胞が脱分化、再分化する分子機構の解明を進めている。これまでに傷害によっていち早く発現誘導される転写調節因子WIND1を発見し、WIND1が傷口からのカルス形成や茎葉の再生を促進する仕組みを明らかにしてきた。さらに、通常の発生段階では植物がエピジェネティックな仕組みをつかって積極的に分化状態を維持し、脱分化を抑制していることを発見し、傷害後に再生が始まる際にこうしたエピジェネティックな障壁がいかに打破されるのかを解明しようとしている。本講演では、これまでに得られた、再生を促進、抑制する仕組みの知見をもとに、再生しやすさ、しにくさを規定する分子実体について議論したい。

文献
1. Sakamoto Y, Kawamura A, Suzuki T, Segamai M, Polyn S, De Veylder L, Sugimoto K. (2022) Transcriptional activation of auxin biosynthesis drives developmental reprogramming of differentiated cells. Plant Cell: koac218.
2. Ikeuchi M, Favero DS, Sakamoto Y, Iwase A, Coleman D, Rymen B, Sugimoto K. (2019) Molecular mechanisms of plant regeneration. Ann Rev Plant Biol 70: 377-406.
3. Iwase A, Harashima H, Ikeuchi M, Rymen B, Ohnuma M, Komaki S, Morohashi K, Kurata T, Nakata M, Ohme-Takagi M, Grotewold E, Sugimoto K. (2017) WIND1 promotes shoot regeneration through transcriptional activation of ESR1 in Arabidopsis. Plant Cell 29(1): 54-69.
4. Ikeuchi M, Iwase A, Rymen B, H Harashima H, Shibata M, Ohnuma M, Breuer C, Morao AK, de Lucas M, De Veylder L, Goodrich J, Brady SM, Roudier F, and Sugimoto K. (2015) PRC2 represses dedifferentiation of mature somatic cells in Arabidopsis. Nature Plants 15089.

いよいよ本格化する mRNA 創薬
位髙 啓史 先生 [東京医科⻭科⼤学 ⽣体材料⼯学研究所⽣体材料機能医学分野 教授 ⼤阪⼤学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)臨床⽣命⼯学チーム 教授]
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 新型コロナウィルスに対するワクチンとして初めて実用化されたmRNAは、タンパク質の設計図を体内に投与し、ワクチンや治療薬として働くタンパク質を体内で産生させるという、新しい創薬モダリティである。ワクチンではコロナウィルスのほかにも40を超える感染症へのmRNAワクチンのパイプラインが走る。また、細胞性免疫を強く誘導する性質から、がんワクチンへの応用も注目され、免疫チェックポイント阻害薬との併用などによる良好な臨床試験成績が報告されている。また、がんや遺伝性疾患、再生医療領域へ応用する治療用mRNA医薬品の開発も活発化している。mRNAは核酸配列を変えるだけでどのようなタンパク質でも産生させることが可能で、複数因子を同時に投与することも容易なので、今後多くの疾患に対する創薬への応用が期待される。
本研究室ではこれまで治療用mRNA医薬を中心として研究を進めてきた。変形性関節症治療を目的とした軟骨誘導性転写因子RUNX1 mRNAは、近く臨床試験開始を予定している。また脳神経疾患治療に対する取り組みも進めており、脳由来神経栄養因子BDNFを用いた神経保護治療、また自閉症スペクトラムへのmRNA医薬応用についても視野に入れている。また基礎的な創薬技術開発として、mRNAからの翻訳持続化、タンパク質翻訳の細胞選択的制御などを目指したmRNA分子設計、DDS開発を行っている。
mRNA創薬においては、mRNA、DDS、治療因子(情報)の3要素が等しく重要であり、医学・工学・薬学の集学的な取り組みが強く求められる。本講演では、これまでのmRNA創薬の経緯や内外での取り組みをご紹介し、多くの疾患領域への新しい創薬の可能性について議論できればと考えている。

米国エネルギー省ジョイント・ゲノム・インスティテュート(D O E  J G I)が牽引するチームサイエンスの可能性
吉国 靖雄 先生 [ローレンスバークレー国立研究所 米国エネルギー省ジョイントゲノム・インスティテュート プログラム長]
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ゲノミクスにおける大きな問題点として、膨大なDNA配列データに生物学的機能を割り当てるためのハイスループットなアプローチが必要であることが挙げられます。DOE JGIではエネルギーおよび環境分野に特化したDNA配列データに生物学的機能を関連づけるため、多様で大規模な実験技術と計算能力の向上に関する研究・開発を行っております。これらの革新的な技術を用いることにより、従来個々の研究室レベルでは不可能であった大規模かつ学際的な研究プロジェクトに、チームサイエンスとしてアプローチすることができるようになりました。本講演ではDOE JGIにおいて確立されたゲノムから生物学的機能や構造を解析し、それを合成生物学的にモノ作りへと応用し、次世代における持続可能なバイオエコノミーの構築を目指すための技術やその科学的事例について説明いたします。

タンパク質品質管理と老化
中西 真 先生 [東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 癌防御シグナル分野 教授]
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多くの老化関連疾患は、タンパク質のミスフォールディングと密接に関連している。さらに、ある種の環境ストレスは、成熟タンパク質のミスフォールディングを引き起こすと考えられる。実際、老化細胞においてはミスフォールドしたタンパク質がリソソームに蓄積し、膜損傷を引き起こすことで炎症性性質を獲得し、個体老化に関わると考えられる。ミスフォールドしたタンパク質をリフォールディングする分子シャペロンは比較的よく研究されているが、ミスフォールドしたタンパク質の分解機構には未だ不明な点も多い。我々は最近、LONRFファミリーE3ユビキチンリガーゼを同定し、これらのユビキチンリガーゼファミリーが哺乳類細胞の核と細胞質でミスフォールドしたタンパク質の分解に関与していることを明らかにした。興味深いことに、神経細胞特異的な発現を示すLONRF2を欠損したマウスは、加齢に伴いミスフォールドタンパクの蓄積によると推定されるALS様の運動ニューロン変性や小脳失調症症状を発症した。神経変性疾患の多くは根治的な治療法がなく、対症療法に頼らざるを得ない。我々の知見は、これらの治療法のない難病に対する根本的な治療戦略の確立につながる可能性がある。また、ミスフォールドタンパク質の蓄積が、あらゆる老化・老年病の病態に関与していることが報告されている。従って、タンパク質品質管理不全―ミスフォールドタンパク質蓄積―細胞老化―炎症性性質―個体老化とつながる経路が加齢病態を改善する良い標的になりうるかも知れない。

睡眠の質と量を制御する細胞内シグナル伝達
船戸 弘正 先生 [東邦大学 医学部医学科解剖学講座 微細形態学分野 教授筑 波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 教授]
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睡眠は多くの動物に認められるが睡眠の意義や分子レベルでの制御機構については解明されていない。私たちは、ランダム変異マウスのスクリーニングにより睡眠異常家系を樹立することによりリン酸化酵素SIK3がノンレム睡眠時間の長さや、睡眠の質の指標とされるノンレム睡眠時間中脳波徐波成分量を規定することを突き止めた。その後、順遺伝学および逆遺伝学的なアプローチにより、SIK3を核とする細胞内シグナル伝達系が睡眠を制御していることが明らかになってきた。また、ニューロン種や領域特異的にSIK3を操作することにより、睡眠の質と量が異なるニューロン集団によって制御されていることも明らかになってきた。ニューロン内のシグナルが、どのように個体の睡眠覚醒制御に関わっているのかを考察したい。

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