過去のシンポジウム

開催概要

タイトル 第30回  高遠・分子細胞生物学シンポジウム
テーマ 細胞生物学の再構成
開催期間 2018年8月23日(木)~24日(金)
開催場所 高遠さくらホテル
http://www.ina-city-kankou.co.jp/cms/modules/tinyd4/index.php?id=3

〒396-0214
長野県伊那市高遠町勝間217番地
TEL.0265-94-2200

プログラム

2018年8月23日-24日

中心小体複製の基本原理とその理論化
北川 大樹 [東京大学大学院 薬学系研究科 生理化学教室]
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 生命の有する最も基本的な特性の一つは「自己複製」です。これは単細胞生物など個体レベルで考える事もできますし、DNA複製など遺伝情報レベルで考える事もできます。同様に真核細胞において10億年以上に渡り、進化上保存されてきた細胞小器官である中心小体も細胞周期ごとに一度だけ半保存的に複製されます。中心小体は微小管-分裂期紡錘体形成中心として機能し、染色体分配やその安定性維持にも重要な役割を果たしています。中心小体は繊毛基底部としても機能し、染色体不安定化を起因とする細胞がん化、繊毛病などの遺伝子疾患、男性不妊など多くの疾病にも深く関与することが知られています。中心小体という細胞内シリンダー型構造体の複製は多種のタンパク質による「自己組織化」と捉えることもできます。「半保存的」「1細胞周期に1コピー」とDNA複製との共通項がありながら、複製システムとしては全く異なるメカニズムが推測されます。

 現在、私達は、中心小体複製に介在する基本原理の理論構築、分子機構の解析を精力的に進めています。これまでの解析から、中心小体構築の初期過程において、進化的に保存された因子間の相互作用が中心小体の複製を1コピーに制限するのに重要であることが明らかになってきました。また、ヒト培養細胞における超解像顕微鏡観察やin vitro再構成系を用いて、微小空間において中心小体構成因子群がどのように構造体を構築し、複製制御を厳密に行っているのか解析を進めています。さらに、抗がん剤探索の新規ターゲットとして微小管形成中心である中心体は注目を集めており、当研究室では中心体活性制御の分子メカニズムに関しても精力的に解析を進めています。本セミナーでは、中心小体複製の原理、中心体活性制御を説明しうるいくつかのモデルに関して議論したいと思います。

[References]
1. Ohta et al. (2018) Bimodal binding of STIL to Plk4 controls proper centriole copy number. Cell Reports, 23, 3160-3169.
2. Tsuchiya et al. (2016) Cep295 is a conserved scaffold protein required for generation of a bona fide mother centriole. Nature Communications, 7:12567.
3. Shiratsuchi et al. (2015) RBM14 prevents assembly of centriolar protein complexes and maintains mitotic spindle integrity. EMBO J., 34, 97-114.
4. Ohta et al. (2014) Direct interaction of Plk4 with STIL ensures formation of a single procentriole per parental centriole. Nature Communications, 5:5267.
5. Kitagawa et al. (2011) Structural basis of the 9-fold symmetry of centrioles. Cell. 144, 364-75.

おコメの数を決めるメカニズム
経塚 淳子 [東北大学 生命科学研究科 分子生命科学専攻 分子発生制御分野]
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 植物は,動物とは異なり,胚発生以降も形づくりを続けます.そのため,環境の変化に応じて発生プログラムの進行を調節し,柔軟な形づくりを進行させることができるのです.いくつ種子をつけるかは植物の繁殖を左右する重要な問題ですが,これも発生プログラムの進行により決定されます.
 植物の成長とは基本的には枝分かれの繰り返しです.植物の成長のもとになるのは,メリステムと呼ばれる幹細胞を含む細胞集団です.植物は成長中にメリステムの数をどんどん増やし,それらが枝分かれのもとになります.メリステムの性質は無限成長性と有限成長性に分けることができます.メリステムが無限成長性にとどまっている限り枝分かれが続きます.一方,花芽は有限成長性であり,花器官を分化するとメリステムの幹細胞が消滅します.したがって,花がいくつ形成されるかは,メリステムの性質が無限成長性から有限成長性 へと転換するタイミングにより決まります.花芽の運命が決定するまでに無限成長性ステージが長く続けば続くほど,枝分かれが増え,たくさんの花芽が形成されるのです.
 私たちは,イネを使って穂の枝分かれパターンの決定を研究してきました.イネの穂につく花の数は遺伝的に決っています.たとえば,TAWAWA1 (TAW1)の発現レベルに依存して穂の枝分かれが増加し,花の数が増えます.TAW1はDNA結合タンパク質であり,花芽運命を決定する遺伝子群の発現を抑制し,さらに無限成長性を促進する遺伝子群の発現を促進するという二重の機能を果たしています.FRIZZY PANICLE (FZP)遺伝子はTAW1により直接抑制される花芽運命決定遺伝子です.最近,イネが栽培植物化される際に,種子数を増加させるためにFZPの機能が弱い遺伝子型が選抜されていたことが報告されました.
 TAW1 は陸上植物に広く保存されています.そこで,TAW1 の根源的な機能を知るために,陸上植物の基部に属するコケのTAW1 の機能解析を行ったところ,コケTAW1 は幹細胞の分化を抑制することが明らかになりました.すなわち,幹細胞維持と器官分化のバランス調節がTAW1の根源的な機能であり,その機能はイネでも保存されており,さらに栽培植物化に利用されたと考えられます.

生物機能を活用した疾患治療の新時代
嘉糠 洋陸 [東京慈恵会医科大学 熱帯医学講座]
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 何か社会の役に立とうと考えて研究をしたことはないが、自分が面白いと思ったサイエンスがそのまま横滑りで他の人に御利益をもたらすのはまんざらでもないと、ここ最近はバイオセラピーの研究を楽しんでいる。
 バイオセラピーとは、人間以外の生物が持つ様々な形質を積極的に利用した治療方法である。狭義には、動植物から抽出した物質に対する人体の細胞レベル・組織レベルでの応答を基盤とするものであり、免疫療法などが含まれる。一方、広義のバイオセラピーは、昆虫や寄生虫など動物の生存に必要な機能をそのまま治療に適用するものである。ミツバチの蜂針、ナメクジ由来の止血剤、ヒルによる瀉血などが挙げられ、古くから伝統医学・軍陣医学などにおいて欠かせないものであった。近年になり、限られた医療財源の有効利用の必要性、難治性疾患の増加、個人のQOLの高まりなどから、安価かつ効果的な代替治療法の候補として、バイオセラピーを再検証する機運が高まっている。
 私の研究室では、寄生虫である豚鞭虫の卵の内服による潰瘍性大腸炎・乾癬治療の臨床試験や、医療用ヒルによる切断指術後の瀉血治療など、バイオセラピーに幅広く取り組んでいる。そのうちのひとつ、マゴットセラピーは、ヒロズキンバエの幼虫を医療用ウジとして用いた慢性創傷に対する治療法である。壊死組織除去効果、抗菌ペプチド等による殺菌、肉芽増生促進がその効果として挙げられる。ハエ目昆虫種の中で、マゴットセラピーに用いられているのは腐肉食性のヒロズキンバエであるが、これまでマゴットセラピーにより適したヒロズキンバエ系統の確立や改良等は行われていない。医療用ウジの改良を目指した我々の最新の研究成果を紹介しつつ、バイオセラピー研究の面白さとその将来性について議論したい。

機械学習・数理科学で疾患の多様性と個別性に迫る
川上 英良 [理化学研究所 医科学イノベーションハブ推進プログラム (MIH) 健康医療データAI予測推論開発ユニット]
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 生命は生体、組織、細胞など多階層にまたがる動的恒常性を維持しており、細胞分化や老化といった生命現象や疾患は一定の規則・秩序に従った状態遷移過程と考えられる。生命システムの時間発展の秩序・規則を明らかにすることは、メカニズムの理解に重要であるだけでなく、疾患発症・病態予測を行う上で理論的土台になると考えられる。従来の生命科学・医学研究においては、マクロレベルの時系列が扱われることは少なく、個別の安定状態を様々な分子生物学・生化学的手法により切り取り、局所的なスナップショットとして生命現象・疾患を理解してきた。また、生命システムの数理解析としては小規模なシグナル伝達系に限局した詳細な計測データに基づいた分子レベルの詳細なモデル化が中心であった。しかし、生命は局所での変化を代償する機構(ロバストネス)を持っていること、ミクロにおける分子反応はミリ秒単位の時間スケールで起こるため日・月単位で変化する生命システム全体の変動とはタイムスケールが違いすぎること、といった問題が存在しており、ミクロモデルの総和としてマクロな変化を説明することは難しい。

 近年、次世代シーケンシング技術と質量分析法の進歩により、網羅的オミクスデータが様々な生体材料から容易に取得可能になった。これらの網羅的計測により、マクロの変化を時系列データとしてありのままに観測し、特定の仮説に拠らないデータ駆動型モデル化の実験的基盤は整備されてきていると言える。しかし、数万項目からなる高次元な時系列オミクスデータから状態遷移の規則・秩序を抽出するのは容易ではない。①項目数がサンプル数より多い p >> N問題 によりモデルの過剰適合が生じる、②実験・診療上の制約から計測時刻が散発的で不規則、③オープンシステムであるため内部因子だけでモデルが完結しない、といった課題を乗り越える必要がある。

 私たちは、機械学習および最新の数理科学手法を導入することで、網羅的測定データに基づく疾患の多様性の理解、および状態遷移の規則・秩序を抽出と生命現象・疾患の予測モデルの構築を目指して研究を行っている。今回の発表では、最近私たちが取り組んでいる、「機械学習に基づいた疾患の層別化と複合バイオマーカー探索」および「不規則で散発的な医学生物学時系列データ解析」を紹介し、複雑で多様な疾患・生命現象の理解に向けた取り組みを議論したい。

かおりの生態学 −我々の認識を超えて今そこにあるかおりの世界を解読する−
高林 純示 [京都大学 生態学研究センター]
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かおりの生態学 −我々の認識を超えて今そこにあるかおりの世界を解読する−

 あれは確かドイツだったか、とある空港で、すてきな犬を連れたお巡りさんだな、あの犬こっち来ないかな、と呑気に見ていて、やがてその犬が麻薬探知犬と気がついた(こっち来ないでね)。我々にわからない微量な麻薬のかおりをかぎ出す麻薬探知犬とは、一体どのような認識世界に住んでいるのだろうか、と改めて不思議に思うと同時に畏敬の念を抱いた。
 一般に犬の嗅覚は鋭く、最大で人間の1000万倍とも言われていますが、昆虫も犬に負けず劣らずかおりには敏感です。さらに植物も、我々には知覚できない微量なかおりで他の生物と情報のやり取りをしていることが明らかになってきています。当研究室では、我々の認識を超えた「かおりの世界」における、昆虫と植物との間のコミュニケーションや、植物と植物との間のコミュニケーションに見る生き物たちの不思議さ、面白さについて、また、農業や環境とのつながりについて研究を行っています。今回は、以下の3つの話題を提供します。
1. 助けを求める植物 (Plants cry for help)
 植食性昆虫等(以下害虫)に対する植物の防衛には様々なタイプがあります。その中で、「植物が害虫の食害に応答して特別なかおりを新たに放出し、その害虫を殺す天敵を誘引する(かおりで天敵に助けを求める)」という防衛戦略に関するこれまでの研究成果について紹介します。
2. 植物間コミュニケーション (Plant-plant communication)
 植物間コミュニケーションも防衛戦略の一つです。害虫の被害を受けた植物が放出するかおりや、物理的な傷を受けた植物が出すかおりを健全植物が受け取ると、近隣の被害を認識し、害虫に対する防衛のレベルを前もって高め、来るべき害虫に備えるようになります。この現象の一般性・特異性について紹介します。
3. 草刈り生態学 (Weeding ecology)
 草刈りは農地や公園等でよく見られ、その際の特有のかおりには馴染みがある方が多いでしょう。植物間コミュニケーションの文脈では、草刈りで発生する傷ついた雑草のかおりを作物が受容した場合、防衛レベルを高めることが予測されます。ダイズ、イネなどの作物を用いた研究成果を紹介します。草刈りで作物を強くする技術にも発展する可能性を秘めた研究テーマです。

次世代オルガノイド医療の展望
武部 貴則 [シンシナティ小児病院 オルガノイドセンター/東京医科歯科大学 統合研究機構/横浜市立大学大学院 先端医科学研究センター/タケダCiRA(T-CiRA)Program]
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 多能性幹細胞(ES, iPS細胞)や、生検サンプルを活用したプライマリ細胞などを活用し、ヒト器官に類似した組織体を生み出すオルガノイド(Organoid)研究が隆盛を極めている。即ち、ヒトオルガノイドは解剖学的・機能的に生体内に存在する器官に近い特徴を示すことから、これまで研究対象とすることが困難であったヒトにおける様々な生命現象に迫ることが可能となった。
 オルガノイドの人為創出が可能となった歴史的背景には,この100年の間に生じた3つの技術的ブレークスルーがある。第1(Organoid1.0)に、ばらばらに単細胞化された細胞の「再凝集技術」、第2(Organoid2.0)に、オルガノイド形成を促進する「基底膜マトリクス」の発見・利用である。そして、第3(Organoid3.0)に、「幹細胞操作技術」の進展がある。さまざまなヒト幹細胞を自在に扱うことが可能となったことが、オルガノイド研究の大きな後押しとなった。特に、オルガノイド3.0時代を牽引してきたのは、故・笹井博士らを筆頭にわが国のトップ研究者であることは特筆すべきと言える。
 本講演では、ヒト肝臓を対象としたオルガノイド研究を事例として、「どう創るか?」から「どう使うか?」へと力点が移りつつ有る第4世代のOrganoid4.0研究が指向する未来を考察したい。創薬応用や移植応用などを通じた臨床医学への実質的還元を目指す新潮流、オルガノイド医学(Organoid Medicine)研究の最前線について具体事例を交えて紹介する。

ヒト生殖細胞試験管内誘導研究の現状と展望
斎藤 通紀 [京都大学大学院 医学研究科 生体構造医学講座 機能微細形態学]
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 生殖細胞は、精子・卵子に分化し、その融合により新しい個体を形成、我々の遺伝情報やエピゲノム情報を次世代に継承する細胞である。生殖細胞の発生機構の解明は、遺伝情報継承機構・エピゲノム制御機構の解明や幹細胞の増殖・分化制御技術の開発、不妊や遺伝病発症機序の解明につながる。
 我々は、培養ディッシュ上で、マウスES細胞/iPS細胞から、精子・卵子・さらには健常な産仔に貢献する能力を有する始原生殖細胞様細胞を誘導する技術を開発した。また本培養系を用いて、始原生殖細胞を誘導する転写・シグナル機構の解明、エピゲノムリプログラミングの本態の解明、始原生殖細胞の増殖法の開発、始原生殖細胞から精子幹細胞の試験管内誘導、卵母細胞分化・減数分裂誘導機構の解明などに成功した。また、これら成果を基盤に、ヒトiPS細胞からヒト始原生殖細胞様細胞を誘導する技術を開発した。さらに、ヒト生殖細胞の試験管内誘導技術を発展させるため、実験動物として使用しうる霊長類の中でヒトに最も近縁のカニクイザルを用いた研究を推進し、マウス・サル・ヒトにおける多能性スペクトラムの発生座標を解明、霊長類生殖細胞系譜が初期羊膜を起源とすることを見出した。本講演では、ヒト生殖細胞試験管内誘導研究に関する我々の最新の研究成果と今後の展望を議論したい。

宇宙における地球外生命探査
山岸 明彦 [東京薬科大学 生命科学部分子生命科学科 極限環境生物]
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 国際宇宙ステーション(ISS)は約400km上空を約90分に1回地球を周回している。ISSには日本実験棟(JEM)があり、その外側には曝露部(EF)という実験設備がもうけられている。ISS-JEM曝露部で「有機物・微生物の宇宙曝露と宇宙塵・微生物の捕集(たんぽぽ)」という宇宙実験を実施している。
 「たんぽぽ計画」では、惑星間を生物が移動するのではないかというパンスペルミア仮説と、生命誕生前に宇宙から有機物が飛来して生命誕生に寄与したのではないかという仮説の二つの仮説を検証している。これまで、大気圏数十km上空まで微生物採集実験が行われ、微生物が単離されている。ISS高度での微生物存在密度上限を推定するのが「たんぽぽ計画」の第一の課題である。また、環境耐性微生物を宇宙環境で曝露して生存可能性を探るのが第二の課題である。さらに、宇宙塵を採集して有機物の検出を目指し(課題3)、前生物有機物の宇宙環境耐性も検討する(課題4)。こうした目的の為に、超低密度で高速微粒子を捕集することのできるエアロゲルを収納した捕集パネル(12枚)と、微生物と有機物を曝露するための曝露パネル3枚を、簡易曝露実験装置ExHAMに装着、ExHAMは2015年5月26日に曝露を開始している。捕集パネルは毎年交換して、毎年地上帰還する。曝露パネルは1枚ずつ3回地上帰還する。すでに2年分のパネルが地上帰還し分析が行われている。
 火星では多くの探査が行われ、初期には火星に海があった事、現在でも液体の水があるかもしれない。初期火星環境は初期地球に似ており生命が誕生した可能性がある。現在も地下には微生物が生存している可能性がある。そこで、地下から流出してくる有機物や微生物を火星表面で探査する計画を検討している。火星着陸後、ローバーで水流出地に行き、土壌を採集して色素染色の後、蛍光顕微鏡で観察して画像を地球に転送しようという計画である。この計画は、生命探査蛍光顕微鏡(LDM: Life Detection Microscope)ワーキンググループ(WG)というJAXA宇宙科学研究所のグループで進めている。

[参考文献]
山岸明彦. 宇宙での微生物と有機物探査−生命の起原に関わる二つの謎に迫る, 生物の科学遺伝, 71, 121-126 (2017)
山岸明彦. 地球外生命探査に挑むアストロバイオロジー. パリティ, 2017.12, p.24-29

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