過去のシンポジウム

第21回 高遠・分子細胞生物学シンポジウムは、おかげさまで盛会のうちに終了いたしました。
たくさんのご参加をいただき、誠にありがとうございました。

今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

開催概要

タイトル 第21回  高遠・分子細胞生物学シンポジウム
テーマ 組織器官形成とそのモデュレーション
開催期間 2009年08月27日(木)~28日(金)
開催場所 高遠さくらホテル

プログラム

2009年8月27-28日

マウス精巣で継続して精子形成が起こる仕組みを探る
吉田 松生 [基礎生物学研究所 生殖細胞研究部門]
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 マウスをはじめほ乳類の精巣では、長期間にわたって多数の精子を継続して産生し、これが、生殖の成功と種の維持にとって極めて重要な役割を果たしている。この、継続する精子形成は、「幹細胞」の持続した自己複製と分化により保証されていることは疑いないが、「幹細胞」の実体と、その精巣内での挙動については、多くが謎に包まれている。
 我々は、この問題に対して、ライブイメージングやパルスラベル法など、多角的な手法によりアプローチしており、わずかながらではあるが、幹細胞の挙動を垣間みることができるようになってきた。本シンポジウムでは、我々の結果を紹介しつつ、恒常的な精子形成を支える幹細胞機能について議論したい。具体的には、以下に挙げる問いを中心に考えて行きたい。
1)「幹細胞」の実体にどこまで迫れるか? 
2)ほ乳類精子形成幹細胞の「ニッチ」の実体は?
3)ホメオスタシスの維持と組織再生で、「幹細胞システム」はどのように振る舞いを変えるのか?

References
1) *S. Yoshida, M. Sukeno and Y-i. Nabeshima: A vasculature-associated niche for undifferentiated spermatogonia in the mouse testis. Science 317, 1772-1776 (2007)
2) T. Nakagawa, Y-i. Nabeshima and *S. Yoshida: Functional identification of the actual and potential stem cell compartments in mouse spermatogenesis. Dev. Cell 12, 195-206 (2007)
3) *S. Yoshida, M. Sukeno, T. Nakagawa, K. Ohbo, G. Nagamatsu, T. Suda, and Y-i. Nabeshima: The first round of mouse spermatogenesis is a distinctive program that lacks the self-renewing spermatogonia stage. Development 133, 1495-1505 (2006)
4) *S. Yoshida, A. Takakura, K. Ohbo, K. Abe, J. Wakabayashi, M. Yamamoto, T. Suda, and Y-i. Nabeshima: neurogenin3 delineates the earliest stages of spermatogenesis in the mouse testis. Dev. Biol. 269, 447-458 (2004)

哺乳動物初期胚分裂期の特性
大杉 美穂 [東京大学医科学研究所 癌細胞シグナル分野/科学技術振興機構 さきがけ]
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 多くの脊椎動物の次世代の生命は、減数第二分裂中期で停止して排卵された卵子と精子の受精により始まります。卵減数第二分裂は受精をきっかけに後期へ移行し、終期には雌性前核が形成され、続いて第一卵割分裂が始まります。受精後、胚ゲノムからの転写が開始されるまでの間、細胞周期は卵に蓄積された母性因子依存的に進行します。例えばツメガエルの場合、12回にわたるS期とM期のみの速い細胞周期がこれに相当します。この間、分裂後期には1本ずつの染色体に個別の核膜が再構成されkaryomereと呼ばれる多核が形成されるなど、13 回目以降の体細胞分裂とは異なる特徴を示します。一方、哺乳動物、例えばマウスでは母性因子にのみ依存した卵割は1-2回のみです。細胞周期には間期が存在し、karyomereは形成されません。このように、母体内で発生が進む哺乳動物の初期胚
分裂は他の生物とは異なる特性を示す一方、体細胞分裂との違いはあまりわかっていませんでした。
 分裂期染色体分配は、karyomere形成などの例外を除き、一組の染色体が1つの核に収まることで完了します。私たちは分裂期モーター分子Kid/Kinesin-10 が、“分裂後期染色体コンパクション” と呼ばれる染色体の一塊化を担うことでこの過程に寄与していることを近年見出しました。興味深いことに、Kid欠損は雌性前核と1-2回の卵割分裂時にのみ特異的に多核や微小核形成を引き起こし約半数が致死となりました。このことは、母性因子依存的な分裂期の正常な核形成には特にKidによる染色体コンパクションが必要であることを示唆しており、哺乳動物の減数分裂から体細胞分裂への転換期にあたるこれらの分裂期には、そのどちらとも違う特性があることが示唆されました。私たちは現在、Kid欠損の影響が初期胚での核形成時にのみ顕著となる理由を明らかにするため、雌性前核形成
過程での染色体動態と核膜形成開始のタイミングについてライブイメージングによる解析を行っています。結果から示唆されたKidの作用機序と前核形成の特性についても紹介します。

参考文献
Ohsugi M, et al., Kid-mediated chromosome compaction ensures proper nuclear envelope formation. Cell 132, 771-782 (2008)

器官形成に関与する細胞死の生理機能
倉永 英里奈 [東京大学大学院 薬学系研究科 遺伝学教室]
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 発生過程には、たくさんの細胞が多彩なふるまいを積み重ねて個体形成を成し遂げる。なかでも遺伝的に制御された細胞死は、適切な細胞を除去して組織を形づくり、異常な細胞を取り除くことで生命システムの恒常性を維持する。近年、このような個体レベルでの細胞死の役割として単に細胞を取り除くだけでなく、周辺細胞の増殖などに関与することが明らかになり、その生理機能の解明が注目されている。
 個体の中で細胞死とそこでおこる出来事を時空間的に捉えるためには、生体イメージングによる可視化が有効である。私達は発生における細胞死の役割を調べるため、遺伝学的手法が豊富なショウジョウバエをモデル生物として選択し、ダイナミックな発生イベントが観察される蛹期において、生体イメージングによる解析を行っている1)。線虫からほ乳類まで保存された共通のメカニズムとして、カスパーゼとよばれるシステインプロテアーゼが細胞死の実行を担うことが知られている2)。カスパーゼの変異体やカスパーゼ阻害因子を発現したショウジョウバエ成虫では、外感覚器3),4),5)や雄性外生殖器に異常がみられる。この成虫では外生殖器自身の形態は正常だが、外生殖器の傾きが異常となる。この異常がどのようにして引き起こされるか調べるために、蛍光タンパク質を発現する系統を用いて、外生殖器形態形成の生体イメージングを行った。その結果、ショウジョウバエの雄性外生殖器は蛹期に360度時計回りに回転することが明らかになった。回転の角速度を定量的に観測したところ、回転開始の速度は途中で加速し、一定の速度を保った後、約12時間の前に減速して回転を停止した。また、生体イメージングにより外生殖器器官形成における細胞死を観察したところ、加速する時期とその前後において、回転している外生殖器の周辺細胞で細胞死が観察された。興味深いことに、この細胞死を抑制した系統では、回転開始のタイミングと開始時の速度は正常であるが途中の加速が起こらず、12時間以内に360度の回転を完了できずに停止してしまった。以上の結果から、器官形成において細胞死は、形態形成を発生の決められた時間のなかで完了させることに重要な役割を果たしていると推測された。現在、外生殖器の器官形成過程においてみられる回転加速のしくみと細胞死の関与について示唆する結果を得たので、それについてもあわせて報告したい。

References
1) Takemoto, K., Kuranaga, E., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 104, 13367-13372 (2007)
2) Ribeiro PS, Kuranaga E, et al., J. Cell Biol. 179, 1467-1480 (2007)
3) Kuranaga, E., and Miura, M.: Trends Cell Biol. 17, 135-144 (2007)
4) Kuranaga, E., et al., Cell 126, 583-596 (2006)
5) Kuranaga, E., et al., Nature Cell Biol. 4, 705-710 (2002)

時空間制御の視点から解く脳の形成機構
花嶋 かりな [理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 大脳皮質発生研究チーム]
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 哺乳類の大脳皮質は軸索投射・分子発現・形態等のサブタイプに分類される多様なニューロンから構成され、表面に沿って平行な6層の構造を領野と呼ばれる機能局在区画ごとに修飾することで、前後軸・内外側軸に沿って明瞭な境界をもつ3次元構造を確立している。このように大脳皮質の細胞構築は複雑であるが、発生の初期には他の中枢神経系組織と同様に一層の神経上皮細胞のシートからつくられる。
 我々はマウスをモデルシステムとして、単純な構造から多様なニューロンが分化し、高次機能構造を構築していくプログラムを明らかにするため、大脳皮質神経幹細胞の分化能を制御する機構について調べている。今回、脳室帯の神経幹細胞に発現する遺伝子群に着目し、その発現をin vivoで時期特異的に制御することによって、大脳皮質神経幹細胞の経時的な分化ポテンシャルを解析した。その結果、大脳皮質のグルタミン酸作動性ニューロンの誕生日と順次産生(①初期ニューロン②皮質外投射ニューロン③皮質間投射ニューロン)のタイミングが、遺伝子発現のオン、オフの切り換えに伴って移行することを見出した。これらの結果は、大脳皮質の各サブタイプのニューロンが個別に分化誘導を受けるのみならず、神経幹細胞の経時的な分化ポテンシャルが細胞自律的プログラムによって制御されていることを示している。さらに大脳皮質ニューロン分化の分子機構を明らかにするために、大脳皮質の神経前駆細胞に発現する遺伝子群の中で分化決定時に発現上昇する遺伝子に着目し、時系列の異なる大脳皮質ニューロン群の抽出を行うために誘導型Cre リコンビナーゼ(CreER)ノックインマウスを用いた細胞系譜解析を行った。これらのマウスにおいてタモキシフェン投与によるCreの時期特異的活性化によって、in vivoでの特定層ニューロンの標識および単離を行い、各ニューロン群に発現する遺伝子の中で層形成および領野形成を制御する遺伝子について機能解析を行った。これらの結果は大脳皮質ニューロンの分化過程において神経幹細胞の時間および空間的コンピテンスを制御する機構が重要であることを示しており、大脳皮質ニューロンの各サブタイプの分化決定のしくみと各々のニューロンの結合特異性を分子レベルで理解していくことが、大脳皮質神経回路の形成機構を解き明かす上で有効であると考えられる。

References
1) Fishell, G., Hanashima, C. Pyramidal neurons grow up and change their mind. Neuron 57, 333-338 (2008)
2) Hanashima, C., Fernandes, M., Hebert, J. M., Fishell, G., The role of Foxg1 and dorsal midline signaling in the generation of Cajal-Retzius subtypes. J. Neurosci. 27, 11103-11111 (2007)
3) Hanashima, C., Molnar, Z., Fishell, G. Building bridges to the cortex. Cell 125, 24-27 (2006)
4) Hanashima, C., Li, S. C., Shen, L., Lai, E., Fishell, G., Foxg1 suppresses early cortical cell fate. Science 303, 56-59 (2004)

エピジェネティクスと生命機能制御
眞貝 洋一 [京都大学ウイルス研究所]
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 あらゆる生命現象は、ゲノム情報に書き込まれている設計図により規定されるが、どの設計図を使うか、また、設計図にはどの順番とどのタイミングで作業するのかが書き込まれていないと、目的とする生命機能は正しく機能しない。エピジェネティクス制御系は、まさにこの設計図の選択、正しい設計図の円滑な活用を指揮するシステムである。
 近年の多くの研究者の努力により、エピジェネティクス制御機構の研究は格段に進んだ。そこから見えてきた重要な知見の1つは、様々なエピジェネティック制御系は相互にクロストークし、ネットワークを形成してその機能を発揮する、ということである。
 本セミナーでは、エピジェネティック制御系の中心的機構、ヒストン化学修飾の1つであるヒストンメチル化の制御とその機能の生化学・遺伝学的解析から示された実体を紹介し、我々が一貫して解析を行ってきたヒストンリジンメチル化酵素・脱メチル化酵素の生物学的役割に関して、これまでの研究成果1)~6)をいくつかお話したい。最後に、マウスを用いた研究ではあるが、ヒストンリジンメチル化の制御不全が肥満や糖尿病発症と関係するという最近の知見7)を紹介し、エピジェネティクスの観点から見た、「健康と疾患」、「これからの創薬の方向性」に関して、参加者の皆さんと議論してみたい。

References
1) Tachibana, M. Sugimoto, K. Fukushima, T. and Shinkai, Y. SET-domain containing protein, G9a, is a novel lysine-preferring mammalian histone methyltransferase with hyperactivity and specific selectivity to lysines 9 and 27 of histone H3. J. Biol. Chem. 276, 25309-25317 (2001)
2) Tachibana, M. Sugimoto, K. Nozaki, M. Ueda, J. Ohta, T. Ohki, M. Fukuda, M. Takeda, N. Niida, H. Kato, H. and Shinkai, Y. G9a histone methyltransferase plays a dominant role for euchromatic histone H3 lysine 9 methylation and is essential for early embryogenesis. Genes and Development 16, 1779-1791 (2002)
3) Tachibana, M. Ueda, J. Fukuda, M, Takeda, N. Ohta, T. Iwanari, H. Sakihama, T. Kodama, T. Hamakubo, T. & Shinkai, Y. Histone methyltransferases G9a and GLP form heteromeric complexes and are both crucial for methylation of euchromatin at H3-K9. Gene Dev. 19, 815-826 (2005)
4) Ueda J. Tachibana, M. Ikura, T. and Shinkai, Y. Zinc finger protein Wiz links G9a/GLP histone methyltransferases to the co-repressor molecule CtBP. J. Biol. Chem. 281, 20120-20128 (2006)
5) Tachibana, M. Nozaki, M. Takeda, N. and Shinkai, Y. Functional Dynamics of H3K9 Methylation During Meiotic Prophase Progression. EMBO J. 26, 3346-3359 (2007)
6) Tachibana M. Matsumura Y. Fukuda M. Kimura H. and Shinkai Y. G9a/GLP complexes independently mediate H3K9 and DNA methylation to silence transcription. EMBO J. 27, 2681-2690 (2008)
7) Inagaki, T#. Tachibana, M#. Magoori, K. Kudo, H. Tanaka, T. Okamura, M. Naito, M. Kodama, T. Shinkai, Y. and Sakai, Y. Obesity and metabolic syndrome in histone demethylase JHDM2a deficient mice. Genes to Cells, in press. (# equal contribution)

腸内フローラによる免疫系制御
本田 賢也 [大阪大学大学院医学系研究科 免疫制御学教室/大阪大学免疫学フロンティア研究センター/科学技術振興機構さきがけ]
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 腸内フローラと常に接する腸管粘膜は、非常にユニークな免疫システムを形成している。中でも最近、インターロイキン(IL)-17を高産生するCD4陽性T 細胞サブセット(“Th17細胞”)が、消化管粘膜固有層特異的に・恒常的に・多数存在することが示された。Th17細胞が産生するIL-17やIL-22が自己免疫性の炎症とも深く関わりがあることも示され、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患誘発という文脈に於いても非常に注目されている。私たちはマウスの出生後週齢ごとに粘膜固有層のTh17細胞が増えていることに着目し、腸内フローラの形成とTh17細胞の分化誘導に関係があると考えた。実際、抗生物質処理後のマウスあるいは無菌マウスには粘膜固有層のTh17細胞が存在しなかったことから、腸内細菌の存在がTh17細胞の分化誘導と維持に重要な働きをしていると結論づけた。ある種の細菌は高濃度のATP(アデノシン三リン酸)を分泌し、ATPはP2X受容体・P2Y受容体を介して宿主に影響を及ぼすことが知られている。そこで便中のATP を測定したところ、SPFマウスでは高濃度のATPを検出できたのに対し、無菌マウスや抗生物質を投与したマウスではATPが少なかった。また無菌マウスにATPを投与すると、粘膜固有層に多くのTh17細胞誘導できた。さらに粘膜固有層のCD11陽性樹状細胞のうち、CD70を高発現している細胞にP2X・P2Y受容体が高発現しており、ATPの存在下においてTh17細胞分化を強く誘導するという結果も得た。ATP以外にもToll-like receptorを介するシグナルがTh17細胞分化を誘導するという報告もある。我々の結果とあわせて考えると、腸内細菌がATP 受容体やTLR を刺激することによってTh17 細胞分化を促進しているものと考えられた。
 さらに実際どのような細菌種がTh17細胞を特異的に誘導するのかを、ノトバイオートマウス(特定の細菌のみが生着しているマウス)を使って検討した。その結果、セグメント細菌(segmented filamentous bacterium, SFB)が定着したノトバイオートマウスに於いて極めて強力なTh17細胞分化誘導を認めた。SFBによるTh17細胞分化はATPやTLRシグナルに非依存的であると考えられ、新たなシグナル伝達経路によるものと考えられた。
 一方、消化管粘膜固有層のCD4陽性細胞は、Th17細胞に誘導されるのとは別のメカニズムで腸内フローラによってIL-10産生細胞に分化誘導されることも分かってきた。IL-10産生細胞の分化を特異的に誘導する細菌も分かれば、腸炎の治療に役立つと考えられる。

References:
1) Honda K, Takeda K. Regulatory mechanisms of immune responses to intestinal bacteria. Mucosal Immunol. 2, 187-196 (2009)
2) Atarashi K, Nishimura J, Shima T, Umesaki Y, Yamamoto M, Onoue M, Yagita H, Ishii N, Evans R, Honda K, Takeda K. ATP drives lamina propria T(H)17 cell differentiation. Nature 455, 808-812 (2008)
3) Ivanov II, Atarashi K, Manel N, Brodie E, Shima T, Karaoz U, Wei D, Goldfarb KC, Santee CA, Lynch SV, Imaoka A, Itoh K, Takeda K, Umesaki Y, Honda K & Littman DR. Induction of intestinal Th17 cells by segmented filamentous bacteria. Cell 139, 485-498 (2009)

心不全の新しい発症機序と治療
小室 一成 [千葉大学大学院 医学研究院 循環病態医科学/大阪大学大学院 医学系研究科 循環器内科学]
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 絶えず収縮と弛緩を繰り返している心臓は、様々なストレスに対して、代償機構として心肥大を形成することによって、心機能の低下を防いでいる。しかし長年過度なストレスが続くことにより、この適応は破綻し、収縮機能が低下して心不全を発症するが、その分子機序は不明であった。我々は、「心不全は虚血による冬眠(ハイバーネーション)である」という仮説をたて、マウスの圧負荷モデルを用いて解析した。圧負荷後2週間目までは、心肥大が形成され、血管数も増加、心機能も維持されていたが(代償期)、それ以降、心肥大の形成は停止し、血管数は逆に減少し、心機能が低下した(非代償期)。血管数減少の機序について、血管増殖因子を解析したところ、2週間目までは増加していたが、それ以後低下した。血管を人為的に増加させたところ、さらに心肥大が進行し、心機能は維持されたが、逆に血管新生を抑制したところ、早期に心肥大の形成は停止し、心機能が低下した。このような血管増殖因子の発現と同様にその転写因子であるHIF-1の発現レベルも変動しており、HIF-1の発現低下が、代償の破綻を起こすと考えられた。圧負荷2週間後、心臓においてがん抑制遺伝子であるp53の発現が増加しており、これがHIF-1の発現を減少させることが明らかになった。心肥大の形成、心機能の維持に心臓内血管が重要であり、それをp53が調節していることを明らかにした。さらにp53は、肥大心ばかりでなく、心筋梗塞や心筋症の心臓においても発現が増加しており、抑制することにより、心機能は改善した。最近心臓において、p53を低下させる分子を同定したが、その活性化により、心筋梗塞が改善することを見いだした。
 血管新生を誘導、促進することは比較的容易であるが、心筋細胞を作ることは困難である。心臓内には、心筋幹細胞が複数種存在し、それらが傷害時に心臓の再生に寄与していることが明らかになってきたが、その寄与率は極めて低く、臨床的にはほとんど無効である。ES細胞の心筋細胞への分化効率、心臓の再生を促進する目的で、新規心筋細胞分化誘導因子としてIGFBP-4を同定した。IGFBP-4は、wntシグナルを抑制することにより、心筋細胞分化、心臓の発生にも必須の役割を果たしていた。現在心臓の再生に促進的に働く可能性について検討中である。

参考文献
1) Harada, M., Qin, Y., Takano, H., Minamino, T., Zou, Y., Toko, H., Ohtsuka, M., Matsuura, K., Sano, M., Nishi, J., Akazawa, H., Kunieda, T., Zhu, W., Hasegawa, H., Kunisada, K., Nagai, T., Nakaya, H., Yamauchi-Takihara, K., Komuro, I. G-CSF prevents cardiac remodeling after myocardial infarction by activating Jak/Stat in cardiomyocytes. Nat. Med. 11, 305-311 (2005)
2) Naito AT, Shiojima I, Akazawa H, Hidaka K, Morisaki T, Kikuchi A, Komuro I Developmental stage-specific biphasic roles of Wnt/beta-catenin signaling in cardiomyogenesis and hematopoiesis. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 103, 19812-19817 (2006)
3) Oyama, T., Nagai, T., Wada, H., Naito, A.T, Matsuura, K., Iwanaga, K., Takahashi, T., Goto, M., Mikami, Y., Yasuda, N., Akazawa, H., Uezumi, A., Takeda, S., and Komuro, I. Cardiac side population cells have a potential to migrate and differentiate into cardiomyocytes in vitro and in vivo. J. Cell Biol. 176, 329-341 (2007)
4) Sano, M., Minamino, T., Toko, H., Miyauchi, H., Orimo, M., Qin, Y., Akazawa, H., Tateno, K., Kayama, Y., Harada, M., Shimizu, I., Asahara, T., Hamada, H., Tomita, S., Molkentin, J.D., Zou, Y., Komuro, I. p53-induced inhibition of Hif-1 causes cardiac dysfunction during pressure overload. Nature 446, 444-448 (2007)
5) Monzen, K., Ito, Y., Naito, A.T., Kasai, H., Hiroi, Y., Hayashi, D., Shiojima, I., Yamazaki, T., Miyazono, K., Asashima, M., Nagai, R., Komuro, I. A crucial role of a high mobility group protein HMGA2 in cardiogenesis. Nat. Cell Biol. 10, 567-574 (2008)
6) Zhu, W., Shiojima, I., Ito, Y., Li, Z., Ikeda, H., Yoshida, M., Naito, A.T., Nishi, J.I., Ueno, H., Umezawa, A., Minamino, T., Nagai, T., Kikuchi, A., Asashima, M., Komuro, I. IGFBP-4 is an inhibitor of canonical Wnt signalling required for cardiogenesis. Nature 454, 345-349 (2008)

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