第23回 高遠・分子細胞生物学シンポジウムは、おかげさまで盛会のうちに終了いたしました。
たくさんのご参加をいただき、誠にありがとうございました。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
タイトル | 第23回 高遠・分子細胞生物学シンポジウム |
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テーマ | 細胞 revisited |
開催期間 | 2011年8月25日(木)~26日(金) |
開催場所 | 高遠さくらホテル |
多細胞生物は、加齢とともに組織や臓器の機能低下や構築変化を経て老化する運命にある。白髪や脱毛はほ乳類において最も目立つ老化形質であるが、その仕組みについては諸説あるものの統合的な理解には至っていない。幹細胞システムが組織の恒常性維持を支えていることから、その要となる幹細胞を維持制御する仕組みの解明は、老化や癌化の仕組みの解明においても新しい切り口となりうる。我々は、黒髪のもととなるメラニン色素を産生する色素細胞の供給源として、“色素幹細胞”を毛包のバルジ領域に世界に先駆けて同定した1。続いて、色素幹細胞が加齢に伴って維持できなくなると白毛化(白髪化)すること2、色素幹細胞の維持制御においては周囲の微小環境(ニッチ)が優勢に働くことを明らかにしている1。その仕組みとして、毛包バルジ領域に位置する毛包幹細胞が色素幹細胞に対して機能的なニッチ細胞として働くことを明らかにし、その分子基盤として膜貫通性のコラーゲンである17型コラーゲン、および、TGF-βシグナルが担うことを解明したので紹介する3,4。
加齢に伴って色素幹細胞が枯渇すると白髪になることから、少なくとも一部の老化形質の発現においては組織幹細胞が大きな要因となりうると考えられる。しかし、なぜ加齢によって幹細胞の維持が不完全となるのであろうか。我々は、ゲノム不安定性症候群としても知られる早老症候群において若白髪が高頻度に見られることから、色素幹細胞におけるゲノム損傷応答とその運命制御に着目した。色素幹細胞を可視化するシステムを用い、ゲノムストレスを受けた後の色素幹細胞の運命解析を行った。その結果、色素幹細胞は、一定レベル以上の過剰なゲノムストレスを受けると、ニッチ内で自己複製せず分化すること、これによって幹細胞プールが枯渇するため白髪を発症すること、さらに、これら一連の変化は、加齢で見られる幹細胞の枯渇プロセスに酷似することが判明した4。加齢に伴い幹細胞におけるゲノム損傷応答が亢進してくることから、加齢に伴うゲノム損傷の蓄積が幹細胞の異常分化および枯渇を誘導すると考えられた。また、ゲノム損傷応答が自己複製のチェックポイントとして働くことで、幹細胞プールの品質を保っていることも示唆された5。果たして、このような仕組みが白髪以外の他の老化形質の発現においても同様に関わっているのかどうか、最新のデータを紹介したい。
文献
1. Nishimura, E.K., Jordan, S.A, Oshima, H., Yoshida, H., Osawa, M., Jackson, I.J., Barrandon, Y., Yoshiki, M. Nishikawa, SI. Dominant Role of the Niche in Melanocyte Stem Cell Fate Determination.
Nature. 416(6883):854-60, 2002
2. Nishimura, E.K., Granter, S.R., Fisher, D.E. Mechanisms of hair graying: incomplete melanocyte stem cell maintenance in the niche. Science. 307(5710):720-724. 2005
3. Nishimura EK., Suzuki M, Igras V, Du J, Lonning S, Miyachi Y, Roes J, Beerman F, Fisher DE. Key roles for Transforming growth factor β in melanocyte stem cell maintenance. Cell Stem Cell, 5;6(2):130-40, 2010
4. Tanimura S Tadokoro Y, Inomata K, Binh NT, Nishie W, Yamazaki S, Nakauchi H, Tanaka Y, McMillan JR, Sawamura D, Yancey K, Shimizu H, Nishimura EK. Hair follicle stem cells provide a functional niche for melanocyte stem cells. Cell Stem Cell, 8, 177-187, 2011
5. Inomata K, et al. Genotoxic stress abrogates renewal of melanocyte stem cells by triggering their differentiation. Cell. 137(6):1088-99, 2009
多細胞生物において、個々の細胞は、近距離あるいは遠距離にある他の細胞とコミュニケーションをとりながら、自分の位置や役割を知ります。私は顕微鏡下に見られる個々の細胞の個性に興味があり、これまで顕微鏡下にある細胞や分子を狙って自由自在に操作・解析できるようにしたいと考えてきました。そのような生物学分野をライブセル生物学と位置付け、その展開を目指しています。
これまで主に、植物の生殖過程で見られます、「花粉管ガイダンス」と「重複受精」という現象について研究を進めてきました。植物(被子植物)では、受粉後に発芽した花粉管細胞が、めしべの中を長距離伸長し、正確に卵細胞のある胚のう(雌性配偶体)まで到達します。めしべは花粉管ガイダンスと呼ばれる機構により、正確に花粉管の伸長方向を制御し、花粉管も極めて正確に応答します。しかしそのシグナルの実体は、140年にも及ぶ解析も関わらず、明らかになっていませんでした。我々は、胚のうが裸出するユニークな植物であるトレニアに着目し、in vitroでの顕微細胞操作を中心とした解析から、卵細胞のとなりに2つある助細胞が、LUREと名付けた複数のペプチドを分泌して花粉管を誘引することを発見しました。
また、花粉管が胚のうに到達したあとに起こる重複受精についても、体外受精系を用いたライブイメージング解析を中心に取り組んできました。鞭毛を持たずに泳ぐことのできない2つの精細胞がなぜ異なる相手と確実に受精できるのか、多くの謎に包まれてきた重複受精の実際の様子が、初めて明らかになってきました。
こうした知見から、我々の興味はさらにめしべの組織中で起こっている複雑で精密な制御にも向かっています。最近の取り組みと、明らかになってきた興味深い知見を紹介します。
参考文献
1. Hamamura Y., Saito C., Awai C., Kurihara D., Miyawaki A., Nakagawa T., Kanaoka M.M., Sasaki N., Nakano A., Berger F., Higashiyama T.. Live-cell imaging reveals the dynamics of two sperm cells during double fertilization in Arabidopsis thaliana. Curr Biol. 21, 497-502. (2011)
2. Okuda S., Tsutsui H., Shiina K., Sprunck S., Takeuchi H., Yui R., Kasahara R.D., Hamamura Y., Mizukami A., Susaki D., Kawano N., Sakakibara T., Namiki S., Itoh K., Otsuka K., Matsuzaki M., Nozaki H., Kuroiwa T., Nakano A., Kanaoka M.M., Dresselhaus T., Sasaki N., Higashiyama T. Defensin-like polypeptide LUREs are pollen tube attractants secreted from synergid cells. Nature 458, 357-361. (2009)
3. Ingouff M., Hamamura Y., Gourgues M., Higashiyama T., Berger F. Distinct dynamics of HISTONE3 variants between the two fertilization products in plants. Curr Biol. 17, 1032-1037. (2007)
4. Mori T., Kuroiwa H., Higashiyama T., Kuroiwa T. GENERATIVE CELL SPECIFIC 1 is essential for angiosperm fertilization. Nature Cell Biol. 8, 64-71. (2006)
5. Higashiyama T., Yabe S., Sasaki N., Nishimura Y., Miyagishima S., Kuroiwa H., Kuroiwa T. Pollen tube attraction by the synergid cell. Science 293, 1480-1483. (2001)
高校の生物の教科書を開くと、細胞分裂の様子が動物と植物の場合でそれぞれ描写されています。動物細胞は中心体から微小管が伸びている様子が、植物細胞では中心体が存在しない点が強調されています。本講演では、動物細胞においても実は多くの微小管は中心体に依存せず、スピンドル(紡錘体)の内部で絶え間なく生み出されていたという最新の知見を紹介します。また、動物と植物の細胞分裂の仕組みはどの程度異なるのでしょうか? 私たちは植物細胞を用いた研究も開始しましたので、その最新のデータもお示ししたいと思います。
参考文献
1. Uehara R, Goshima G. (2010)
・・Functional central spindle assembly requires de novo microtubule generation in the interchromosomal region during anaphase. J Cell Biol. 191:259-267.
2. Goshima G, Kimura A. (2010)
・・New look inside the spindle: microtubule-dependent microtubule generation within the spindle. Curr Opin Cell Biol. 23:44-49.
そもそもゲノムDNAが『恒常的』であることは、ほとんどの生命プログラムを遂行するための大前提となっています。そのため、ゲノムDNAを組織的に収納し安定的に継承していくための複合有機体である染色体分子には、ゲノムの恒常性に対しても必然的に積極的な貢献が求められます。染色体を特徴的づけるエピジェネティック制御は、恒常性を命題に掲げる内包ゲノムDNAから可能な限り多様な機能調節を生み出すための主要な仕組みですが、同時に内包ゲノムの不安定性を最小化してその恒常性を保証する働きも果たします。潜在的に不安定な反復DNA領域上に形成されるヘテロクロマチン構造はそのような染色体の特性を端的に表す一例であり、ゲノムのダイナミックな機能調節と恒常性の保証とは表裏一体の制御機構であると言えます。
しかしながら、生物種分岐におけるゲノムの恒常性に目を向けると、事態は一変します。DNA配列のレベルではまだある程度の恒常性や保存性が垣間見られますが、ゲノムの編成を巨視的に眺め比べると複数の大がかりな『変化』が顕著に見出されることになります。そしてそれらの変化こそが種分岐の主要因であることが想像されています。ゲノムDNAの恒常性維持は染色体に与えられた使命であり、大規模な再編成は可能な限り抑制されているはずです。従って、そのような染色体変化が発生して定着する仕組みの理解はたいへん興味深い課題です。しかしながら、染色体の多様な再編成は生物進化のような時間スケールではじめて明らかになる現象です。そのため、それが如何なる機構で生じているのか、これまでほとんど明らかにされてきませんでした。
私たちは、分裂酵母をモデルとしてその染色体セントロメア領域に遺伝子操作を施し、生きたままでセントロメアを破壊する実験系を構築しました。その系を用いてセントロメア破壊に対する細胞応答を解析した結果、酵母はそのような致死的状況に際して、新しい染色体DNA領域での機能セントロメアの新生(=ネオセントロメア形成)、もしくはテロメア末端間での染色体の融合(=テロメア融合)を引き起こし、それらを通じて新たに生存能を獲得することを見出しました。ネオセントロメア形成もテロメア融合も生物進化の歴史では頻繁に繰り返されている事象です。私たちのアッセイ系は、そのような染色体反応と染色体編成の変化を実験室レベルで再現しているのではないかと考えられます。
本シンポジウムでは、そのアッセイ系を用いた私たちの実験解析の最新知見を紹介し、染色体が潜在的にもつ多様性促進能力についての議論を深めたいと考えています。
参考文献
Ishii et. al., Heterochromatin integrity affects chromosome reorganization after centromere dysfunction. Science, 321, 1088-1091. (2008)
上皮組織に腫瘍原性の異常細胞が生じると、組織はそれを認識し積極的に排除することでその恒常性を保つと考えられる。近年、このような上皮の内在性がん抑制システムが、細胞同士の「適応度」の競合現象である「細胞競合」によって駆動されていることがわかってきた。ショウジョウバエ成虫原基の上皮組織において、apico-basal極性遺伝子(scribbleやdiscs large)を欠損した変異細胞は過剰に増殖して腫瘍を形成する。ところが、これらの極性崩壊細胞はその周囲を正常細胞に囲まれると細胞競合の敗者となって細胞死を起こし、組織から排除される。このときの細胞死の分子機構を解析した結果、正常細胞に囲まれた極性崩壊細胞はエンドサイトーシス経路を亢進し、これにより細胞膜上のEiger(ショウジョウバエTNFホモログ)をエンドソームへ移行させてエンドソーム上でEiger-JNK経路を活性化することで細胞死に至ることがわかった。さらに、この細胞競合の勝者となる正常細胞側の役割を解析した結果、正常な上皮細胞は隣に極性崩壊細胞が出現するとこれに応答してnon-apoptoticなEiger-JNK活性化を引き起こし、これが細胞骨格系シグナルを介して貪食能を亢進することで極性崩壊細胞の排除を促進することがわかった。すなわち、上皮組織に極性を崩壊した異常細胞が生じると、これら異常細胞とその周囲の正常細胞の両方でTNF-JNKシグナルが活性化し、これらのシグナルがそれぞれ異なるアウトプットを導くことで異常細胞の効率的な排除を実現していると考えられた。
References
1) Ohsawa S, Sugimura K, Takino K, and Igaki T: Imaging cell competition in Drosophila imaginal discs. Methods Enzymol 506, 407-413 (2012)
2) Ohsawa S, Sugimura K, Takino K, Xu T, Miyawaki A, and Igaki T: Elimination of oncogenic neighbors by JNK-mediated engulfment in Drosophila. Dev Cell 20, 315-328 (2011)
3) Igaki T: Correcting developmental errors by apoptosis: lessons from Drosophila JNK signaling. Apoptosis 14, 1021-1028 (2009)
4) Igaki T, Pastor-Pareja JC, Aonuma H, Miura M, and Xu T: Intrinsic tumor suppression and epithelial maintenance by endocytic activation of Eiger/TNF signaling in Drosophila. Dev Cell 16, 458-465 (2009)
5) Igaki T, Pagliarini R, and Xu T: Loss of cell polarity drives tumor growth and invasion through JNK activation in Drosophila. Curr. Biol. 16, 1139-1146 (2006)
本研究で述べる「免疫系」とは、微生物やウイルスなどの外来の抗原に対して、体を守るときに働く従来の生体防御システムではなく、既に死んでしまった細胞を食する自然免疫でもない。胚から成体となる発生過程の体作りに働く獲得免疫機能のことをいう。我々は、劇的な組織の総入れ換えの例として知られる無尾両生類の変態現象に着目し、幼生の尾の組織が死ぬ際に、生き残る自己組織、死ぬ運命の自己組織を免疫系が識別し、器官形成が起こるということを提唱してきた。無尾両生類の変態過程では、体を構成する組織のみならず免疫系も幼生型から成体型へと換わる。その時、成体型の免疫系が、尾に特異的に発現するdeath markerを介して、細胞死を誘導するという考えだ。
アフリカツメガエルのJ系統は完全な純系だが、成体は幼生の尾から得た皮膚移植片を拒絶する4)。成体の免疫T細胞は、in vitroで幼生の尾の細胞死を誘導する3)。幼生の尾には成体のカエルのT細胞から認識される「抗原」が存在する2)。我々は変態期にしか発現しない原因遺伝子を単離同定し、己の尾を食らう空想上の動物の名をとって、オウロボロス(ouroboros)と命名した。トランスジェニックツメガエルを作製し、まだ尾が縮む前のオタマジャクシの尾の一部にオウロボロスを過剰発現させると、免疫T細胞の集積を伴って尾が早まって壊れた。アンチセンスを過剰発現させることで機能阻害をすると、尾が残った1)。
オウロボロスを成体型の免疫T細胞が分化してきていない段階の若いオタマジャクシに過剰発現させても、尾は壊れない。免疫T細胞を移入してやると、初めて尾が壊れる。壊れた組織にはTUNEL陽性細胞が増加する。これらのことからオウロボロスの発現だけでは細胞毒性は無く、免疫T細胞によって標的となり、アポトーシスが誘導されることによって、組織の崩壊が引き起こされると結論づけた。
動物の組織・器官形成は大きく分ければ死と生き残りの2つによって成り立つと考える。この研究から、幼生期(胎児期)特異的な組織を排除する、新たな器官形成の仕組みとして免疫系の分子機序を解明していきたい。
References
1) Mukaigasa K, Hanasaki A, Maéno M, Fujii H, Hayashida S, Itoh M, Kobayashi M, Tochinai S, Hatta M, Iwabuchi K, Taira M, Onoé K, and Izutsu Y. The keratin-related Ouroboros proteins function as immune antigens mediating tail regression in Xenopus metamorphosis. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 106, 18309-18314 (2009)
2) Izutsu Y, Tochinai S, Iwabuchi K, and Onoé K. Larval antigen molecules recognized by adult immune cells of inbred Xenopus laevis; two pathways for recognition by adult splenic T cells. Dev. Biol. 221, 365-374 (2000)
3) Izutsu Y, Yoshizato K, and Tochinai S. Adult-type splenocytes of Xenopus induce apoptosis of histocompatible larval tail cells in vitro. Differentiation 60, 277-286 (1996)
4) Izutsu Y, and Yoshizato K. Metamorphosis-dependent recognition of larval skin as non-self by inbred adult frog (Xenopus laevis). J. Exp. Zool. 266, 163-167 (1993)
がん細胞に特異的に発現している膜タンパク質に結合するモノクロナール抗体を改変して、進行がんや固形がんを治療する医薬品の開発が進んでいる。抗体の可変領域(Fv)を繋いで一本鎖(scFv)にしてストレプトアビジンを付けると、モロクロナール抗体より遥かに分子量が少ないscFv-SAができる。これをがん患者に投与してscFv-SAががん細胞膜に十分結合して余剰なものが血中から洗浄されるのを待って、治療用アイソトープをつけたビオチンを投与すると、アビジンとビオチンの強い結合力でがん細胞に特異的に結合し、結合しなかったビオチンは速やかに腎臓から排泄される。このプレターゲッティグ法によりがん細胞以外での放射線被曝量を抑える事ができる。克服すべき課題はマウスから得たFvと放線菌由来のストレプトアビジンのアミノ酸配列の一部を改変して人体での免疫原性を低下させて、抗原である膜タンパク質との強い結合力を持ったscFv-SAを作成する事である。
近年の飛躍的コンピュータ性能の向上と低価格化により、タンパク質とそれを取り囲む水分子など全ての分子を原子レベルで扱う分子動力学による抗原・抗体の結合状態の解析・設計が可能になりつつある。我々は高度な量子化学計算を用いてタンパク質の動的振舞いを記述する分子モデルの高精度化を行い、最新の統計物理学理論を用いてタンパク質とリガンドの結合自由エネルギーを高精度に計算する方法を開発した。これらの計算方法を用いて抗原と抗体、医薬標的タンパク質と低分子化合物が結合するまでのダイナミクスを明らかにすると同時に、それらの結合自由エネルギーがどの様に計算されるかを説明する。
参考文献
1) H. Fujitani, Y. Tanida, M. Ito, et al, J. Chem. Phys. 123, 84108 (2005)
2) H. Ito, S. Funahashi, N. Yamauchi, et al, Clin Cancer Res 12, 3257 (2006)
3) H. Fujitani, A. Matsuura, et al, J. Chem. Theory Comp. 5, 1155 (2009)
多細胞動物を形作る基本構造である上皮の本質的な役割は、2つのコンパートメントを隔てるバリアとしてはたらきながら選択的に物質を輸送することによって、各コンパートメント特有の液性環境を形成、維持することである。このとき細胞同士の隙間をシールして、水溶性分子の自由拡散、いわゆる漏れを防ぐ細胞間接着装置がタイトジャンクション(TJ)である。TJの接着分子クローディンファミリーが同定されたことにより、この10年余りの間にTJのバリア機能と細胞間隙における質輸送の分子基盤がかなり明らかになった。すなわち、クローディンの各タイプには機能的な違いがあり、それらの組み合わせによって各上皮の生理機能に必要なTJのバリア/チャネル特性が調節されている。
一方、細胞間接着によって多角形に縁取りされた上皮細胞が集まってできる細胞シートには、多角形の辺に相当する2細胞間の接着部位以外に、3つの細胞の角(かど)が接するトリセルラーコンタクトが多数存在する。この領域では、TJがトリセルラーTJ(tTJ)と呼ばれる特殊な構造を形成し、3枚の細胞膜に挟まれる細胞外空間を絞り込んで物質の漏れを防いでいる。tTJは1970年代初頭に電子顕微鏡観察によって見出されたが、その後のTJ研究では無視されてきた。2005年にtTJの膜タンパク質トリセルリンが同定され、分子レベルでtTJにアプローチできるようになったものの、その分子構築はほとんど不明である。我々はtTJの分子基盤を解明するためにtTJの新規構成分子を探索し、tTJに局在する膜タンパク質LSRを同定した。解析の結果、LSRはトリセルリンをtTJにリクルートし、上皮バリア機能に関与することが明らかになった。さらに興味深いことに、トリセルリンは細胞接着部位のアクチン細胞骨格を制御しており、トリセルリンが上皮細胞の形態形成にも関与することが示唆された。本シンポジウムでは、細胞同士の隙間を塞ぐ仕組みとしてのTJと tTJの分子基盤に関する最近の知見を紹介するとともに、これまでほとんど研究されていなかった上皮細胞の「角」の意義について議論したい。
References
1. Masuda, S., Y. Oda, H. Sasaki, J. Ikenouchi, T. Higashi, M. Akashi, E. Nishi, and M. Furuse. LSR defines cell corners for tricellular tight junction formation in epithelial cells. J Cell Sci. 124:548-55. (2011)
2. Muto, S., M. Hata, J. Taniguchi, S. Tsuruoka, K. Moriwaki, M. Saitou, K. Furuse, H. Sasaki, A. Fujimura, M. Imai, E. Kusano, S. Tsukita, and M. Furuse. Claudin-2-deficient mice are defective in the leaky and cation-selective paracellular permeability properties of renal proximal tubules. Proc Natl Acad Sci U S A. 107:8011-6. (2010)
3. Furuse, M. Molecular basis of the core structure of tight junctions. Cold Spring Harb Perspect Biol. 2:a002907. (2010)
われわれの腸内には100兆個以上もの細菌が共生している。この腸内フローラはわれわれの全遺伝子数をはるかに凌駕する約60万種類もの遺伝子を発現し、宿主との相互作用によりユニークな「腸生態系」を構築している。すなわち、われわれは真核細胞と原核細胞の密接な相互作用が織り成す腸生態系の上に立脚する「超生命体」といえる。この超生命体の理解無くしてわれわれヒトの生理、病理の完全な理解はない。しかるに、従来の研究は細菌あるいは宿主片方のみの解析がほとんどであり、両者の相互作用を総合的に解析・理解しようとする試みはなされてこなかった。
そこで演者らは腸生態系の網羅的・包括的な理解に向けて、ゲノミクス、トランスクリプトミクス、メタボロミクスなどを統合したマルチオーミクス手法を開発してきた。今回は、ビフィズス菌と腸管出血性無菌マウスに定着させたノトバイオートモデルへの応用例を用いてマルチオーミクス手法の有用性を議論したい。ヒト腸内常在細菌の一種であるビフィズス菌は、プロバイオティクス、いわゆる善玉菌の1つとして知られている。その一例として、無菌マウスに前もってビフィズス菌を投与しておくと、その後の腸管出血性大腸菌O157による感染死を抑止できることが知られていたが、その分子メカニズムは不明であった。われわれは、マルチオーミクス手法を駆使した統合解析手法により、ビフィズス菌が産生する酢酸が腸粘膜上皮の抵抗力を増強することが、マウスのO157による感染死を予防することを明らかにした。また、酢酸合成を亢進するビフィズス菌の遺伝子の同定にも成功した。この結果は、マルチオーミクス手法が複雑な宿主−腸内細菌相互作用の解析に効果的であることを証明するとともに、プロバイオティクスの作用メカニズムの一端を初めて明らかにしたものである。
参考文献
1. Fukuda, S., Toh, H., Hase, K., Oshima, K., Nakanishi, Y., Yoshimura, K., Tobe, T., Clarke, J. M., Topping, D. L., Suzuki, T., Taylor, T. D., Itoh, K., Kikuchi, J., Morita, H., Hattori, M., Ohno, H. Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetate. Nature, 469: 543-547, 2011
2. Nakanishi, Y., Fukuda, S., Chikayama, E., Kimura, Y., Ohno, H., Kikuchi, J. Dynamic Omics Approach Identifies Nutrition-Mediated Microbial Interactions. J. Proteome Res., 10: 824-836, 2011