タイトル | 第25回 高遠・分子細胞生物学シンポジウム |
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テーマ | 生物学の新天地 |
開催期間 | 2013年8月29日(木)~30日(金) |
開催場所 | 延暦寺会館
http://syukubo.jp/ 〒520-0116 滋賀県大津市坂本本町4220 TEL 077-578-0047(代) FAX 077-579-5053 |
人間にとって肥満は不健康の証ですが、樹木の肥大は健康の指標です。進化の過程で、植物は維管束という組織を使って横方向に生長する(肥大する)能力を獲得しました。この能力は、屋久杉のような樹木では1000年を越えて維持されます。私たちは、この肥大能力が植物維管束幹細胞の増殖と幹細胞から木部や篩部の細胞への分化のバランスの上に成り立っていることを明らかにしました。また、詳細な解析から、このバランスの制御には、小ペプチド、ステロイドホルモン、受容体キナーゼ、GSK3が関与することを見いだしました。これらの役者は動物のシグナル伝達の役者とよく似ているようにみえますが、さて−−−。
ここでは、こうした植物幹細胞におけるシグナル伝達の姿を通して見えてきた、植物の生存戦略についても議論したいと思います。
皮膚は性質の異なる様々な組織が複雑に且つ決められたパターンに配置された非常に高度な器官であり、その組織構築が少しでも乱れると種々の疾患を引き起こす。では、皮膚組織構造はどのような原理(logic)で設計されているのであろうか?我々は皮膚毛胞幹細胞—ニッチ間相互作用の解析から、幹細胞が娘細胞の産生によってだけでなく、周囲の異種細胞や組織に働きかけることにより、皮膚構造の構築や皮膚機能の発揮に寄与していることを見出している。本講演では、皮膚の構造と機能の相関関係がどのようにして成り立っているのかを、毛胞幹細胞による立毛筋、感覚神経、皮下脂肪の発生制御を例にしてお話ししたい。
光、音、臭い、味、触覚 ──
外部からの情報は、脳の神経細胞によって加工・処理されることは、もはや誰も疑う人はいないだろう。未知の部分をブラックボックスとして扱い、その「入出力相関」を観察するという古典的アプローチは、こうした考えに立脚している。高次脳機能の場合、ブラックボックスは、個々の神経細胞であったり、神経回路であったり、もしくは大脳皮質そのものであったりする。この戦略は、もちろん「ブラックボックスは入力に対して特異的に反応する」ことを暗黙の前提としている。しかし、大脳皮質を対象にした場合には、この前提が崩れる。なぜなら、大脳皮質の神経細胞は外からの入力がなくても恒常的に独自の発火活動をしているからである。ときには入力が与えられなくても内発的に出力することさえある。こうしたブラックボックスの内部活動は「自発活動(spontaneous activity)」と呼ばれ、脳のパフォーマンスを特徴づける現象である。当日の講演では、脳の自発活動に着目しながら、最近の研究の動向と私自身の考えを紹介しながら、脳機能の実体と動作原理について考えてみたい。
始原生殖細胞(PGCs)はすべての配偶子の源であり、最終的には受精により次世代の個体を作り出す。PGCsの発生過程は受精卵が全能性を獲得する準備期間であり、その異常は不妊や発生異常などの原因になると考えられる。しかしながら解析のために取得可能なPGCsの数が限られていることもあり、PGCsの分化機構や性に応じた卵や精子への成熟機構については不明な点が多く残されている。我々の最近の研究により、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞からPGCsを体外培養系で分化させることが可能となった。この成果は、解析に用いるPGCsを容易に取得することを可能にしたばかりでなく、多能性幹細胞から機能的な配偶子を体外培養系で産生する可能性を示した。本講演では、多能性幹細胞を用いたPGCsの発生過程の再構築と、得られるPGCsを用いた研究の展開について紹介したい。
哺乳類の生殖細胞は次世代へ遺伝情報を伝える唯一の細胞である。そのため、生殖細胞の分化過程では受精後に働く発生関連遺伝子の発現プログラムをリセット(リプログラミング)する必要がある。一方で、生殖細胞はゲノムに突然変異が生じないよう内在性レトロウイルスやその他のトランスポゾンを抑制する仕組みを発達させた。それらの制御機構は互いに関連し合いユニークな制御ネットワークを形成している。ゲノムインプリンティングの研究から見えてきた生殖細胞特異的なエピゲノム制御と小分子RNA制御について紹介する。
ATP合成酵素の研究の意義は、細胞内ATPの最大のサプライヤーという生理的役割の重要性に加え、そのエネルギー変換機構のずば抜けたユニークさにある。すなわち、ATP駆動型モーターを逆回転させてATPを合成する点にある。これは力学操作だけで化学平衡が10の8乗以上も変化することを意味する。このような触媒、もしくは反応制御技術は、ATP合成酵素の類縁タンパク質を除けば天然、人工ともに存在しない。また、駆動力の異なる分子機械を接続するだけで異種エネルギー変換を達成している点も、特筆するべき特徴である。これらの特徴の背後にある作動原理と分子設計原理を解明することは、効率的エネルギー変換を実現する分子技術の開拓にもつながる。本講演では、ATP合成酵素の作動原理と設計原理を探る1分子生物物理研究の最前線を紹介する。また、この研究の過程では様々な計測技術が開発された。その中から、フェムトリットルチャンバーを用いた1分子/1細胞計測技術と、蛍光タンパク質とATP合成酵素のεサブユニットから作成したATPプローブを紹介したい。
近年、多能性幹細胞からの特定の細胞腫への分化誘導の技術は、発生学の分子機構の解明に駆動される形で、飛躍的に進展した。今、こうした個々の細胞分化の制御を越えて、細胞集団の分化・パターン化・組織構築を試験管内で制御して、特定の複合組織の立体形成を研究する段階へと移りつつある。本講演では、ES細胞の立体培養系を用いて、大脳皮質や網膜などの層構造を持った組織の自己組織化現象について紹介する。3次元長期ライブイメージング法を用いた細胞挙動や組織変形の解析や、AFMや3次元レーザーAblation法を用いた力学動態解析の試みも紹介し、自己組織化の原理のもととなる組織間相互作用の局所ルールのツボをあぶり出すことを通して、細胞集団ならではの「創発」について議論をしたい。
多細胞生物の発生過程では、元は均質な細胞から異なる種類の細胞に分化するという、「細胞運命の非対称化」が何度も起こる。この非対称化を担うしくみの一つと考えられているのが、Delta-Notchシグナル伝達による側方抑制機構である。
私達は最近、側方抑制機構のエッセンスを持つ遺伝子回路を、培養細胞上に再構成することに成功した。この側方抑制遺伝子回路では、隣接する細胞同士が、Deltaの転写を抑制し合う(側方抑制)ことによって、偶然の小さな差がフィードバックで増幅され、隣接細胞間に安定な遺伝子発現量差が生じる。実際に、再構成した側方抑制遺伝子回路を持つ細胞集団(遺伝的に均質である)は、Delta高発現集団とDelta低発現集団に自発的に分かれた。つまり、均質な細胞間に非対称性が生成された。
発がんに本質的な遺伝子異常を同定しその機能を抑制することが、がん治療の特効薬開発に最も有効な戦略と予想される。我々は独自の高感度機能スクリーニング法を開発し、それを用いて肺がんの融合型がん遺伝子EML4-ALKを発見する事に成功した。正常ALKは受容体型チロシンキナーゼをコードするが、染色体転座の結果微小管会合タンパクEML4と融合した活性型キナーゼが産生されるのだ。我々の発見を受けてALK特異的阻害剤が次々と開発され、最初の薬剤は既に世界中で承認され、固形腫瘍の最も良く効く抗がん剤として広く臨床応用されている。更に我々は、肺がんがALK阻害剤に耐性を獲得するメカニズムも明らかにし、この情報に基づく「第二世代のALK阻害剤」が既に臨床試験で著明な効果を示している。こうして我々の発見により世界中で何十万人もの肺がん患者が救われようとしている。