過去のシンポジウム

開催概要

タイトル 第33回  高遠分子細胞生物学シンポジウム
テーマ 生命多様性 ーそのルーツを辿るー
開催期間 2022年8月26日(金)
開催場所 WEB開催
※Microsoft Teamsを使用します。

プログラム

2022年8月26日

サテライトDNAの機能と種分化における役割
山下 由起子 [ホワイトヘッド生物医学研究所/マサチューセッツ工科大学/ハワードヒューズ医学研究所]
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サテライトDNAは真核生物ゲノムに大量に存在するリピートDNAで、タンパク質をコードしないため、長らく「ジャンクDNA」と呼ばれてきた。しかしながら、近年の我々の研究により、サテライトDNAは間期染色体をつなぎとめ核の構造を維持するのに必須であることが明らかになった。興味深いことにサテライトDNAの配列は近縁種間であまり保存されていない。そのため、近縁種間での交雑が起きた場合に、交雑種(ハイブリッド)は、異なる種由来の染色体をつなぎとめることができず、核構造の異常により細胞死に至ることが明らかになった。以上の結果を踏まえ、これまでジャンクDNAと呼ばれてきたサテライトDNAがいかに必須の役割を果たし、その進化が種分化につながっている可能性について考察したい。

葉の気孔から発生の謎にせまる
鳥居 啓子 [テキサス大学オースティン校 分子生物科学/ハワードヒューズ医学研究所]
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陸上植物は、環境に応じて表皮の気孔の数や分布を調節することにより、ガス交換と水分調節(成長と生存)のバランスを取っています。気孔の存在は、植物の成長と生存のみならず、地球大気の炭素循環に大きく貢献することが知られています。葉など光合成器官の成長過程に未分化な現表皮細胞が非対称分裂を繰り返し、最終的に一回だけ対称分裂を行うことにより気孔が完成します。主にモデル植物を用いた研究から、気孔の発生を司る一連の司令転写因子、これら転写因子による細胞周期やエピゲノムの直接制御、ペプチドホルモンを介した気孔のパターンを制御する細胞間シグナル伝達機構、そして極性因子による非対称分裂後の娘細胞の発生運命の制御など、様々な仕組みがわかってきました。陸上植物の系統において、気孔の発生を制御する遺伝子群は保存されています。今回、さらに、モデル植物から明らかとなった気孔をつくる仕組みが、植物の幅広い環境適応にどう関わっているのか考察します。

餌の毒で身を守るヘビ:アジアで進化した特異的な防御システム
森 哲 [京都大学理学研究科生物科学専攻]
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 世界にはおおよそ3800種のヘビが生息し、その約20%はいわゆる毒ヘビとされている。その毒は捕食を補助するために進化してきたと考えられており、口腔上部に位置する毒腺で生合成され、牙を経由して獲物に注入される。毒ヘビがヒトに咬みつくのはもちろん捕食のためではなく、ヘビが自分の身に危険を感じたときであり、毒を防御用に二次的に利用しているのである。一方、アジアに生息するヤマカガシというヘビの仲間は、防御専用に進化したまったく別の毒器官を持っている。本講演では、この独特な毒器官について紹介する。
 ヤマカガシの仲間は、頸部の背面皮下に頸腺(けいせん)と呼ばれる特殊な防御器官を持っている。頸腺は背中線に沿って十数対が並んだ構造をしており、皮膚が外圧によって破れることによって頸腺内の毒液が噴出する仕組みになっている。その主成分はブファジエノライドと総称される強心ステロイドである。ヤマカガシは自分でブファジエノライドを生合成はせず、餌として食べたヒキガエルの皮膚毒に含まれるブファジエノライドを取り込んで、頸腺に貯蔵し、自分自身の天敵からの防御に再利用する。さらに、ヤマカガシ類は頸腺毒の効果を高めるために、頸部を捕食者に敢えて提示するような特異的な防御ディスプレイを行う。
 現在、頸腺に類似した器官は約20種のヤマカガシ属でのみ見つかっているが、その形態や構造は多様である。約半数の種では、本器官は頸部だけでなく、胴体背面全体にわたって100対以上存在する。さらに、頸腺に蓄えるブファジエノライドはヒキガエルの皮膚毒由来ではなく、ホタルの幼虫が持つ毒由来である種も存在する。頸腺システムは、ヘビ類においてだけでなく、動物界全体においても非常にユニークな防御システムであり、その進化や多様性について概観する。

[References]
1) Yoshida, T., Ujiie, R., Savitzky, A. H., Jono, T., Inoue, T., Yoshinaga, N., Aburaya, S., Aoki, W., Takeuchi, H., Ding, L., Chen, Q., Cao, C., Tsai, T.S., de Silva, A., Mahaulpatha, D., Thien Nguyen, T., Tang, Y., Mori, N., and Mori, A. 2020. Dramatic dietary shift maintains sequestered toxins in chemically defended snakes. Proceedings of the National Academy of Sciences 117: 5964–5969.
2) Mori, A., Burghardt, G. M., Savitzky, A. H., Roberts, K. A., Hutchinson, D. A., and Goris, R. C. 2012. Nuchal glands: A novel defensive system in snakes. Chemoecology 22:187–198.
3) Hutchinson, D. A., Mori, A., Savitzky, A. H., Burghardt, G. M., Wu, X., Meinwald, J., and Schroeder, F. C. 2007. Dietary sequestration of defensive steroids in nuchal glands of the Asian snake Rhabdophis tigrinus. Proceedings of the National Academy of Sciences 104: 2265-2270.

全がん解析による新たな発がん機構の探索
片岡 圭亮 [慶應義塾大学医学部血液内科/国立がん研究センター研究所分子腫瘍学]
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近年、次世代シーケンス技術の発達により、多くのがん種において体細胞異常の全体像が解明されてきた。我々は、このようなデータを用いて全がん解析を行うことにより、新たな遺伝学的メカニズムの解明を目指している。同一発がん遺伝子における複数変異は散発的な報告があるものの、その全体像や生物学的意義については明らかにされていなかった。我々は、約6万例のシーケンスデータを用いた全がん解析を行い、複数変異が有意に集積している14個の発がん遺伝子(PIK3CAなど)を同定した。これらの遺伝子では、2-11%の症例が複数変異を有していた。RNAシーケンスやロングリードシーケンスを用いたフェージングを行うと、複数変異はcisに存在していた。また、複数変異では、部位やアミノ酸置換について単独変異では稀な変異が選択されていた。さらに、PIK3CA遺伝子の複数変異発現細胞株は、下流シグナルの増強を示し、in vivo/in vitroいずれにおいても高い増殖能を示した。PIK3CA複数変異構造体の分子動態シミュレーションを行うと、複数変異は協調的に構造変化をきたし、より活性化状態に移行しやすいことが明らかになった。上記の結果が示すように、同一発がん遺伝子における複数変異は普遍的な現象であり、変異同士が相乗的に作用する事によりドライバー異常として働くことが示唆される。

パレオゲノミクスから探る現代日本人のルーツ
中込 滋樹 [ダブリン大学トリニティカレッジ]
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 現代日本人はどこで生まれ、どのように形成されてきたのか?この歴史を紐解く1つのアプローチとしてパレオゲノミクスがある。これは、考古学遺跡から出土する古人骨からDNAを抽出し、そのゲノムを解読する。それによって、現在にいながらも、かつて日本列島で生活していた人類集団が持っていた遺伝的多様性を観察・解析することが可能となる。
 私たちは、このパレオゲノミクスを用いて、縄文・弥生・古墳と続いた日本の先史時代を辿ってきた。狩猟採集による生活を基盤とする縄文文化では、その始まりが約16,000年前まで遡る。そして、稲作に代表される弥生文化が広まる約3,000年前まで1万年以上も続いた。その一方で、稲作の伝播は生活様式に大きな革新をもたらした。さらに、約1,700年前に古墳文化が始まると、土器や青銅器だけでなく、生業や社会構造においても大きな変化が生じた。このような急速な文化の転換は世界の中でも珍しい。しかし、それらがどのように現代日本人の形成に関わってきたのか、その詳細は明らかではない。そこで、古代日本人のゲノムを解読することで、時代の変遷に伴う大陸からの集団の移動や既に日本列島に住んでいた集団との混血、また現代の集団に残された祖先の痕跡を調べることができる。
本講演では、人類学・考古学・集団遺伝学を融合させた学際研究の一例として、私たちがこれまで進めてきたパレオゲノミクスから明らかとなった現代日本人の起源に関する最新の成果を紹介する。
[参考文献]
Cooke et al., Science Advances, 7: eabh2419 (2021), DOI: 10.1126/sciadv.abh2419

形態進化はどのように起こるのか:発生反復説の歴史と進化発生学(Evo-Devo)
倉谷 滋 [国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター 形態進化研究チーム/理化学研究所 開拓研究本部 倉谷形態進化研究室]
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動物の形態進化は発生プログラムの変更を通じて可能になるといわれることが多い。ならば、具体的にそれはどのようにして進行するのか。古くから、進化と発生の間に並行関係があると認識されてきたが、19世紀前半の解剖学者、フォン・ベーアによって最初に定式化された分類体系と発生過程の関係に関する「ベーアの法則」をもとに、初めてそれを進化系統学的な言葉で表現したのが19世紀半ばのドイツの生物学者、エルンスト・ヘッケルであったとされる。「発生は進化の短い要約的反復である(したがって、進化的変化は個体発生過程の終末に付加される)」で知られる反復説成立の背景にはしかし、これまで認識されてこなかったヘッケル独特の生物史観が控えており、それを理解することは進化論と発生学の、かつてあり得たかも知れない統合の可能性の一端を垣間見せるのである。そのためには例えば、ヘッケルが研究した放散虫の多様性に見られる移行型や分類学的階層性(タクサのヒエラルキー)の認識、ヘッケルが放散虫や石灰海綿類の研究を通じて行き着いた形態学的、生理学的個体性の定義の理解が必要となる。さらには、個体性がヒントとなったと覚しい「ガストレア説(左右相称動物の共通祖先の形状が、動物の原腸胚に形に繰り返されているという)」の確立を経ることにより、ヘッケルの発生反復説は「生物発生原則 = Biogenetisches Grundgesetz」という最終形態を得た。20世紀のヘテロクロニー説による反復説の一連の改訂、そして今世紀におけるその再評価、進化発生学の勃興により強調されたボディプラン認識と拘束された胚形態としてのファイロタイプ認識、さらにウォディントンのエピジェネティック発生論を介した発生遺伝学との統合を通じ、現代の進化発生学がつまるところ「反復説問題を最終的に解決するためにこそ存在している」ことが再認識できる。以上に加え、ボディプランを一部逸脱させることによって可能となったカメ類の甲羅の進化(アロモルフォーシス)、ファイロタイプ成立以降における反復的発生過程を一部省略することによって哺乳類の規範から外れたと覚しいクジラ類の進化を(ゼヴェルツォッフのいわゆる二次アルシャラクシスの)例として取り上げ、形態の抜本的進化が生ずるメカニズムについて考察する。

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