過去のシンポジウム

開催概要

タイトル 第28回  高遠・分子細胞生物学シンポジウム
テーマ 生命 -複雑な仕組みを支える複雑な構造-
開催期間 2016年8月25日(木)~26日(金)
開催場所 高遠さくらホテル
http://www.ina-city-kankou.co.jp/cms/modules/tinyd4/index.php?id=3

〒396-0214
長野県伊那市高遠町勝間217番地
TEL.0265-94-2200

プログラム

2016年8月25日-26日

生後環境による神経ネットワークの形成と成熟
下郡 智美 [理化学研究所 脳科学総合研究センター 視床発生研究チーム]
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 子供の脳発達は環境からの影響を受け、その後の脳機能に大きく影響を与えることが知られています。例えば、多様な言語環境 が言葉の発達を促すバイリンガルなどは脳にとってプラスの発達です。こうした望ましい影響の一方で、発育環境が悪い場合には健全な脳の発育に影響を起こすマイナスの発達も知られています。大人になって脆弱な脳に成長していると言う事は、ストレス社会と言われる現代において脳機能障害を起こすリスクが高まる という憂慮すべき問題です。しかし、発達期における影響が成長してから現れる場合、問題の原因を突止める事が難しく治療も困難になります。そこで、発達期 と成体期を通して、脳の中で何が起きているのかを知る事は生涯を通して健康な脳を保持するために重要な基礎研究と言っても過言ではないのではないでしょうか。私達の研究室では時間軸に沿って脳がどのように変化していくのか、特に発達中の脳が環境に合わせた神経回路をどのように形成するのか、その分子機構を明らかにしようとしています。また最適な神経回路を形成できなかった時に生じる成体脳での機能障害も明らかにしようとしています。本講演では、近年私達の研究室 で発見した、発達中の脳が環境に合わせて回路形成を行っていくための分子メカニズムについてお話したいと思います。

クライオ電子顕微鏡で見る繊毛・鞭毛の構造
吉川 雅英 [東京大学大学院 医学系研究科 生体構造学分野]
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 真核生物の繊毛・鞭毛は「プロペラ」や「アンテナ」として働く細胞内小器官です。太さは200 nm程度と、光学顕微鏡では見ることが出来ないほど細いのですが、その中には微小管と動きを駆動するダイニンというモーター分子が整然と並んでします。例えば、外周近くに存在する外腕ダイニンは24 nm, 内側の内腕ダイニンは96 nmの周期で並んでいます。
しかし、このように正確で複雑な構造がどのように作られているのかはわかっていませんでした。

 この問題を解決するため、我々は遺伝学と構造生物学を組み合わせることにしました。構造生物学の手法としては、クライオ電子線トモグラフィーを用い、無染色の鞭毛をナノメートル解像度で観察します。また、クラミドモナス(単細胞の緑藻)の遺伝学を用い、特定の繊毛タンパクにビオチン化される標識を付加します。この標識をクライオ電子線トモグラフィーで観察して、その三次元位置を決めることが出来るようになります。

 この手法を用いることで、96-nmの周期についてはFAP59とFAP172という2つのタンパク質が「モノサシ」として働く事を解明しました。また、外腕ダイニンの並ぶ仕組み、鞭毛内の微小管が補強される仕組みなども解明されつつあります。

立体構造に基づくCRISPR:Cas9ゲノム編集ツールの開発と医療への応用
濡木 理 [東京大学大学院 理学系研究科 生物化学専攻]
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 最近,細菌の獲得免疫機構に働くCRISPRが,ガイドRNA(crRNA, tracrRNA)を用いて真核細胞や個体のゲノムを自由に編集できることで注目されている.我々は, CRISPRの1つであるStreptococcus pyogenes由来Cas9とガイドRNA,ターゲットDNAの複合体の結晶構造を2.5Å分解能で決定することで,Cas9がいかにガイドRNAを特異的に認識し,ターゲットDNAを受け入れ,これを切断するかといった分子機構を,世界に先駆けて解明した(Cell, 2014).さらに,より分子量が小さく真核細胞への導入効率が高いStaphyrococcus aureus由来Cas9について,ガイドRNAと2本鎖ターゲットDNAの4者複合体の結晶構造を2.6Å分解能で決定することに成功し,新規のPAM配列認識機構を明らかにするとともに,Cas9が直交性をもってガイドRNAを認識する機構を解明することに成功した(Cell, 2015).さらに、F. novicida由来Cas9についても4者複合体の結晶構造を1.8Å分解能で決定することに成功し,立体構造に基づき,単純化したPAM配列を認識する変異体の創出にも成功した(Cell, 2016).これらの構造に基づいて,Cas9の活性を改善した変異体を作成し,いかなるゲノムも正確に切断できるゲノム編集ツールを創出することが可能になった.また最近,crRNAのみを用いてターゲットDNAを認識し,突出末端を作りつつDNAを切断するなどの点でCas9とは作用機序が大きく異なる,新規CRISPR,Cpf1が発見された.Cas9が共通して,グアニン(G)から始まるPAMを認識するのに対し,Cpf1はトリチミン(TTT)からなるPAMを認識している.我々は,Cpf1とcrRNA,DNAの複合体の2.8Å分解能での構造解析に成功し,その新規の作用機序の基盤となる分子機構およびPAM認識機構を明らかにした(Cell, 2016).今後本改良型ゲノム編集ツールを用いて細胞治療への応用を試みて行く.

<References>
1.“Crystal Structure of Cas9 in Complex with Guide RNA and Target DNA” H. Nishimasu, F. A. Ran, P. D. Hsu, S. Konermann, S. I. Shehata, N. Dohmae, R. Ishitani, F. Zhang F and O. Nureki
Cell 156, 935-949 (2014).
2.“Crystal structure of Staphylococcus aureus Cas9” H. Nishimasu, L. Cong, W. X. Yan, F. A. Ran, B. Zetsche, Y. Li, A. Kurabayashi, R. Ishitani, F. Zhang and O. Nureki
Cell, 162, 1113-1126 (2015).
3. “Structure and Engineering of Francisella novicida Cas9” H. Hirano, J. S. Gootenberg, T. Horii, O. O. Abudayyeh, M. Kimura, P. D. Hsu, T. Nakane, R. Ishitani, I. Hatada, F. Zhang, H. Nishimasu and O. Nureki
Cell 164, 950-961 (2016).
4. “Crystal structure of Cpf1 in complex with guide RNA and target DNA” T. Yamano, H. Nishimasu, B. Zetsche, H. Hirano, I. M. Slaymaker, Y. Li, Y. Fedorova, T. Nakane, K. S. Makarova, E. V. Koonin, R. Ishitani, F. Zhang and O. Nureki
Cell in press (2016).

数理モデルを使って生命現象を理解する
影山 龍一郎 [京都大学ウイルス研究所 物質-細胞統合システム拠点]
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 すべての生命現象は数理法則に従って進行すると考えられるが、生物と数理科学との融合研究は容易ではない。今回、分節時計と神経発生を例にとり、生命現象の動作原理を理解する上で数理モデルが非常に重要だったということをお話しします。
 体節は、胎児に一過性に形成される節状の構造物で、椎骨、肋骨、骨格筋などを生み出す。未分節中胚葉の前端が分節することによって体節が形成され、マウスの場合は約2時間毎にこの分節が繰り返される。この分節現象の周期性は分節時計によって制御されるが、その本体は転写抑制因子Hes7がネガティブ・フィードバックを介して発現振動することによる。数理モデルから、Hes7の発現が振動するには、Hes7が不安定であること、ある程度ゆっくりとネガティブ・フィードバックが起こることが必須であると予測された。実際に検証実験を行うことで、この数理モデルの予測が正しいことが分かった。
 一方、多分化能を持つ神経幹細胞では、Hes1の発現が2〜3時間周期で振動していること、Hes1の発現振動によってプロニューラル因子Mash1の発現も振動すること、さらにHes1やMash1が持続発現するとそれぞれアストロサイトやニューロンに分化することが分かった。さらに、Hes1やMash1の発現振動によって、神経幹細胞ではNotchシグナルのリガンドであるDelta-like1 (Dll1)の発現も振動した。数理モデルからDll1の発現のタイミングが発現振動に重要であることが予測されたが、タイミングを変えることで発現振動が減弱し、神経幹細胞の増殖が抑制されることが分かった。
 これらの例をもとに、生命現象の動作原理の理解に向けた数理モデルの重要性について議論する。


<References>
1. Bessho et al (2001) Genes Dev 15, 2642-2647
2. Hirata et al (2002) Science 298, 840-843
3. Bessho et al (2003) Genes Dev 17, 1451-1456
4. Hirata et al (2004) Nat Genet 36, 750-754
5. Masamizu et al (2006) PNAS 103, 1313-1318
6. Shimojo et al (2008) Neuron 58, 52-64
7. Takashima et al (2011) PNAS 108, 3300-3305
8. Harima et al (2013) Cell Rep 3, 1-7
9. Imayoshi et al (2013) Science 342, 1203-1208
10. Imayoshi & Kageyama (2014) Neuron 82, 9-23
11. Shimojo et al (2016) Genes Dev 30, 102-116

自己組織化による腎臓再創造の試み
髙里 実 [理化学研究所 多細胞システム形成研究センター ヒト器官形成研究チーム]
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 ヒトの腎臓は最大で約200万個のネフロン(腎臓機能を担う最小構成単位)から構成され,血液の濾過や電解質,pHの調節,体内の水分量のバランスを担う重要器官である.しかし,ヒトのネフロン前駆細胞は出生前に消失するため,出生後に腎臓疾患などによりネフロンが過度に障害されると,これが自然に再生されることはない.つまり,腎機能障害は不可逆的な進行であり,最終的に末期腎不全に至った場合,喪失した腎機能を代替するには人工透析か腎臓移植しか道が残されていない.現在のところ,腎臓再生医療に向けた最も有望なアプローチのうちの一つが,ヒト多能性幹細胞を分化制御して腎臓組織を人工的に作成する手法である.ヒト多能性幹細胞はヒト個体発生でいうと,受精後約7日目以降,着床後に形成される胚盤葉上皮(エピブラスト)に相当する.つまり,試験管内でヒト多能性幹細胞を特定の細胞へと分化させるには,個体発生時にエピブラストがその細胞へと発生する過程を試験管内で段階を追って正確に模倣すればよい.ただし,標的とする臓器の種類によっては,個々の細胞を誘導するだけでは臓器としての機能が得られない場合がある.例えば,血球や膵臓のインスリン産生細胞は一細胞レベル(一次元)でその機能を果たし,心筋細胞はシート状(二次元)にして移植することで心臓機能の回復が見込める.しかし,腎臓や肺,脳などの臓器は三次元構造体の構築がその機能発揮にとって必要不可欠である.そこで近年,オルガノイドと呼ばれる臓器の三次元原基を試験管内で作成する手法に注目が集まっている.今回われわれの研究グループはヒトiPS細胞から腎臓の前駆細胞を分化誘導し,三次元培養条件下で自己組織化を促すことで腎臓オルガノイドを作成することに成功した.作成した腎臓オルガノイドはすべての腎臓組織を持ち合わせた上,ヒト腎臓発生を試験管内で模倣する系であり, 将来的には新薬の腎毒性テストや,腎病態モデルの確立,細胞療法などに応用が期待できるものであった.本講演では,腎臓オルガノイドの作成理論,実際,そして今後の課題についてお話したい.


<References>
1. Takasato, M. et al. Kidney organoids from human iPS cells contain multiple lineages and model human nephrogenesis. Nature 526, 564–8 (2015).
2. Takasato, M. & Little, M. H. The origin of the mammalian kidney: implications for recreating the kidney in vitro. Development 142, 1937–1947 (2015).
3. Takasato, M. et al. Directing human embryonic stem cell differentiation towards a renal lineage generates a self-organizing kidney. Nat. Cell Biol. 16, 118–26 (2014).
4. Takasato, M., Maier, B. & Little, M. H. Recreating kidney progenitors from pluripotent cells. Pediatr. Nephrol. 29, 543–52 (2014).

ホスホイノシタイドによる生体調節機構
佐々木 雄彦 [秋田大学大学院医学系研究科 病態制御医学系 微生物学講座]
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 細胞内シグナル伝達において、細胞膜脂質はタンパク質と共に重要な役割を担う。特にホスホイノシタイド(phosphoinositides: PIPs)は、リン脂質の中で最大となる親水基のサイズと負電荷をもって多種多様なタンパク質に作用し、それらの細胞内局在や活性を制御する1;。
 我々のグループは、PIPsの相互変換を司るキナーゼ、ホスファターゼ、また、アシル基のリモデリングに関わる酵素の遺伝子欠損マウスの解析によって、PIPs代謝酵素の異常が細胞の形態変化、増殖、分化、生死、老化といった根源的な生命現象の異常につながり、個体レベルでは癌2,3;、炎症性疾患4,5;、神経変性疾患6;などの幅広い病態を導くことを明らかにしてきた。ヒト疾患においてもPIPsを基質とするキナーゼやホスファターゼの遺伝子変異が報告されており、例えばホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸 [PI(3,4,5)P3] 分解酵素の一つであるPTENの活性欠失型異常は、ヒト癌でp53に次いで最も頻繁に認められる遺伝子異常である。PI(3,4,5)P3生成酵素であるI型PI3キナーゼを標的とした抗癌剤の開発など、一部のPIPs代謝酵素については、医療応用にむけた研究開発も手掛けられている。このようにPIPsによる生体調節機構は、生命科学のみならず創薬の観点からも、注目を集める研究対象の一つとなっている。
 本シンポジウムでは、新しいPIPs解析技術の開発やPIPsアシル基多様性の生物学的意義などに関する最近の知見を紹介し、これからのPIPs代謝研究について議論したい。

<References>
1. Sasaki T. et al.: Mammalian phosphoinositide kinases and phosphatases. Prog Lipid Res. 48, 307-343, 2009
2. Stambolic, V. et al.: Negative regulation of PKB/Akt-dependent cell survival by the tumor suppressor PTEN. Cell 95, 29-39, 1998
3. Kofuji S. et al.: INPP4B is a PtdIns(3,4,5)P3 phosphatase that can act as a tumor suppressor. Cancer Discov. 5, 730-739, 2015
4. Sasaki, T. et al.: Function of PI3Kγ in thymocyte development, T cell activation, and neutrophil migration. Science 287, 1040-1046, 2000
5. Nishio, M. et al.: Control of cell polarity and motility by the PI(3,4,5)P3 phosphatase SHIP1. Nature Cell Biol. 9, 36-44, 2007
6. Sasaki J. et al.: The PtdIns(3,4)P2-phosphatase INPP4A is a suppressor of excitotoxic neuronal death. Nature 465, 497-501, 2010

レム睡眠の進化と意義 ~発生学・神経回路遺伝学からのアプローチ~
林 悠 [筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構]
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 夢を生じるレム睡眠は、その役割やメカニズムが脳科学における大きな謎であった。私たちは、レム睡眠を制御する中枢ニューロンを同定し、その人為的操作を実現することがレム睡眠の意義の理解につながり、また、その発生学的起源を解明することがレム睡眠の進化の理解につながると期待し、これまで取り組んできた。古典的な研究から、レム睡眠の制御への脳幹の関与が知られたが、脳幹は多様なニューロンが混在するため解析が困難であった。私たちは細胞系譜特異的な神経活動操作という独自のアプローチを確立し、複雑な脳幹に適用した。その結果、脳幹の橋背側領域において、レム睡眠の開始と終了それぞれを司るニューロンの同定に成功した。
 これら同定されたニューロンの活動を遺伝学的に操作することで、マウスにおいてレム睡眠を人為的に増加または遮断することが可能となった。その結果、レム睡眠の操作は、その後のノンレム睡眠中に生じる徐波(記憶学習やシナプス可塑性に重要な脳活動)に影響を与えたことから、レム睡眠が徐波の制御を介して記憶学習に貢献する可能性が示唆された。今後、レム睡眠の人為的操作を様々な神経疾患モデルマウスに適用することにより、レム睡眠の意義がさらに明らかになると期待される。
 発生過程に注目すると、レム睡眠の開始と終了を制御するニューロンはどちらも、胎児期に小脳菱脳唇と呼ばれる神経前駆細胞群から生じていた。さらに、同じ細胞系譜からは、睡眠から覚醒への移行を担うニューロンも生じていた。従って、小脳菱脳唇は、脳の状態を切り替える様々なスイッチ役のニューロンを生み出すことが明らかとなった。小脳菱脳唇はレム睡眠やノンレム睡眠のみられない硬骨魚類においても保存されている。小脳菱脳唇の発生過程の理解により、レム睡眠やノンレム睡眠を有する動物が進化した過程が明らかになると期待される。さらに、無脊椎動物である線虫C. elegansを用いた最新の結果も踏まえ、睡眠の進化の過程について考察する。


<Reference>
Cells of a common developmental origin regulate REM/non-REM sleep and wakefulness in mice.
Hayashi Y, Kashiwagi M, Yasuda K, Ando R, Kanuka M, Sakai K, Itohara S.
Co-corresponding authors.
Science 350:957-61 (2015)

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開催風景

  • NA・TSU! いよいよシンポジウムの始まりです。
  • 講演風景 1(演者は下郡先生)
  • 講演風景 2(演者は影山先生)
  • 講演風景 3 みんな真剣です。
  • 講演風景 4 質疑応答も盛んです。
  • 講演風景 5(演者は林先生)
  • みんなで食べる夕食はビュッフェ形式です!
  • ポスター発表はいつも白熱します。
  • シンポジウムの後はBBQや花火で信州の夏を満喫!おとなだって花火は大好きなんです。

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