過去のシンポジウム
第19回 高遠・分子生物学シンポジウム
シグナルと細胞組織調節
プログラム
転写制御機構のエピゲノム解析
油谷 浩幸
[東京大学先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス部門]
新たなエピゲノム解析技法の実例として、NIH3T3-L1細胞から脂肪細胞への分化誘導系において、ヘテロダイマーを形成してDNAに結合するPPARγとRXRαのChIP-chip解析について紹介する。また、DNAメチル化はかなり安定的に維持される修飾であり、種々の細胞系譜へのコミットメントとしても重要と考えられていることから、ES細胞からの外胚葉系への分化時においてのメチル化プロファイルの変動についても議論したい。
【参考文献】
□ Kaneshiro K, Tsutsumi S, Tsuji S, Shirahige K, Aburatani H. An Integrated Map of p53-Binding Sites and Histone Modification in the Human ENCODE Regions. Genomics 89(2):178-88, 2007 [Epub 2006 Nov 3]
□ Hayashi H, Nagae G, Tsutsumi S, Kaneshiro K, Kozaki T, Kaneda A, Sugisaki H, Aburatani H. High-resolution mapping of DNA methylation in human genome using oligonucleotide tiling array. Hum Genet. 120(5):701-11, 2007 [Sep 26, 2006; Epub ahead of print]
ミトコンドリアタンパク質の交通とその制御
遠藤 斗志也
[名古屋大学大学院 理学研究科 物質理学専攻 生物科学研究室]
膨大なミトコンドリアタンパク質の「交通」を管制するのは,外膜と内膜の膜タンパク質複合体,トランスロケータ(膜透過装置)である1-3。トランスロケータはミトコンドリアタンパク質自身に書き込まれた「ミトコンドリア行きシグナル」および,ミトコンドリア内各区画(外膜,膜間部,内膜,マトリクス)への仕分けシグナルを読み取るレセプター機能,ミトコンドリア外膜と内膜の疎水的透過障壁を通過させるためのチャネル機能,ミトコンドリアタンパク質の高次構造をほどいて,濃度勾配に逆らって能動的に膜透過させるためのモータ機能を持つ,分子機械である。近年ミトコンドリア外膜と内膜に複数のトランスロケータが同定され,それらが巧みに連携して,膨大な種類のミトコンドリアタンパク質を正確に仕分けていることが分かってきた。さらに,これまでサイトゾルと同様還元的環境にあると思われていたミトコンドリア内で膜透過と共役してジスルフィド結合形成を行う酸化還元ネットワークの存在,タンパク質のミトコンドリア膜透過に伴うイオンの漏出を防ぐゲート機構,βバレル型膜タンパク質を組み立てるための足場の存在,トランスロケータそのもののメンテナンス機構の存在など,ミトコンドリアタンパク質の交通に関連して新たな発見が相次いでいる。
それでは,トランスロケータそのものはどうやって作られるのか?実はトランスロケータ構成因子もすべて既存のトランスロケータを利用してミトコンドリアに移行し,既存のミトコンドリアタンパク質の助けを借りて組み立てられる。すなわちトランスロケータも,ミトコンドリア構造も,すべてde novoに作られることはなく,既存の構造に基づいて作られる。したがってミトコンドリアは,システムがシステムを作る,生命の基本的属性をもつミニマルモデルということができる。
1. T. Endo, H. Yamamoto, and M. Esaki. (2003) Functional cooperation and separation of translocators in protein import into mitochondria, the double-membrane bounded organelles. J. Cell Sci. 116, 3259-3267.
2. M. Bohnert, N. Pfanner, and M. van der Laan (2007) A dynamic machinery for import of mitochondrial precursor proteins. FEBS Lett. 581, 2802-2810.
3. W. Neupert and J.M. Herrmann (2007) Translocation of proteins into mitochondria. Annu. Rev. Biochem. 76, 723-349
高等植物の生殖成長開始(花成)を調節する長距離シグナル
荒木 崇
[京都大学大学院 生命科学研究科]
花成のタイミングを決定する際に最も重要な環境情報は日長(光周期)であることが知られている。植物は葉の細胞が持つ光受容体(フィトクロム・クリプトクロム)と概日時計の機能によって日長を計り、何らかの長距離作用性のシグナルを葉で産生すると考えられてきた。「フロリゲン」と名付けられたこの長距離シグナルは、維管束の中の篩管(同化産物などの輸送経路)を通って、茎頂分裂組織と呼ばれる幹細胞集団を含む茎の先端部に運ばれ、そこで、花芽形成を引き起こすと信じられてきたが、その実体は永く謎であった。
われわれの研究室では、アブラナ科の一年生草本植物シロイヌナズナを用いて花成の調節に関わる遺伝子群の研究を進める中で、植物で広く保存された花成促進遺伝子FLOWERING LOCUS T (FT)の産物(蛋白質あるいはmRNA)が長距離シグナル「フロリゲン」の実体であることを明らかにした。われわれの研究室を含む複数のグループの最近の研究から、輸送されるのは、mRNAではなく蛋白質であることが示され、FT蛋白質の長距離輸送の機構と蛋白質の長距離輸送を介した個体内シグナル伝達の一般性に関心が集まっている。
Kobayashi et al. (1999) Science 286(5446), 1960-1962.
Araki (2001) Curr. Opin. Plant Biol. 4(1), 63-68.
Yamaguchi et al. (2005) Plant Cell Physiol. 46(8), 1175-1189.
Abe et al. (2005) Science 309(5737), 1052-1056.
Ikeda et al. (2007) Plant Cell Physiol. 48(2), 205-220.
初期発生における細胞ダイナミクスとその制御機構
杉本 亜砂子
[理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 発生ゲノミクス研究チーム]
参考文献
1. Motegi, F., Velarde, N.V., Piano, F., and Sugimoto, A. (2006). Two phases of astral microtubule activity during cytokinesis in C. elegans embryos. Dev Cell 10, 509-520.
2. Motegi, F., and Sugimoto, A. (2006). Sequential functioning of the ECT-2 RhoGEF, RHO-1 and CDC-42 establishes cell polarity in Caenorhabditis elegans embryos. Nat Cell Biol 8, 978-985.
3. Sugimoto, A. (2004). High-throughput RNAi in Caenorhabditis elegans: genome-wide screens and functional genomics. Differentiation 72, 81-91.
破骨細胞分化シグナルと骨免疫学
高柳 広
[東京医科歯科大学大学院 分子情報伝達学]
関節リウマチでは、炎症組織に浸潤したヘルパーT細胞の活性化が破骨細胞を誘導することで骨破壊をきたす。T細胞は破骨細胞分化因子RANKL(receptor activator of NF-κB ligand)を発現して破骨細胞分化を誘導する能力を有するが、IFN-γがその作用を打ち消し、多くの場合、破骨細胞分化抑制的に作用する(2)。しかし、炎症性骨破壊の病態においては、T細胞の活性化が骨吸収の亢進を引き起こすため、どのようなT細胞がどんなメカニズムで骨破壊を誘導するのかを明らかにすることが重要な課題となっていた。最近、ヘルパーT細胞の中で、Th17細胞のみが、破骨細胞分化に促進的であることがわかった。Th17細胞がT細胞活性化と骨破壊を結びつける破骨細胞誘導性T細胞サブセットであることが明らかになった(3)。
RANKLは受容体RANKに結合すると、破骨細胞分化のマスター転写因子nuclear factor of activated T cells c1 (NFATc1)を誘導する(4)。NFATの活性化に必要なカルシウムシグナルとカルシニューリンの活性化には、RANK以外に免疫グロブリン様受容体からの共刺激シグナルが重要な役割を果たす(5)。免疫グロブリン様受容体は、ITAMモチーフをもったアダプター分子と会合し、Sykファミリーのチロシンキナーゼを介してPLCγを活性化し、カルシウムシグナルを活性化する。カルシウムシグナルを媒介するカルモジュリン結合タンパクとしてカルシニューリンと並んで重要なタンパクであるCa2+/calmodulin-dependent kinase (CaMK)とその下流で活性化される転写因子CREBも破骨細胞の重要な制御因子である(6)。このような破骨細胞特異的なシグナル伝達機構をさらに解明することが、今後の新しい治療戦略に道を開くと考えられる。
1. H. Takayanagi, Nat Rev Immunol 7, 292 (2007).
2. H. Takayanagi et al., Nature 408, 600 (2000).
3. K. Sato et al., J Exp Med 203, 2673 (2006).
4. H. Takayanagi et al., Dev Cell 3, 889 (2002).
5. T. Koga et al., Nature 428, 758 (2004).
6. K. Sato et al., Nat Med 12, 1410 (2006).
GTP結合タンパク質の生理機能 —Biochemistry and My Life —
上代 淑人
[京都大学大学院 医学研究科 先端領域融合医学研究機構]
われわれは、まず最初にタンパク質生合成反応の分子機構、特にタンパク質生合成反応におけるGTPの役割に焦点をあてて研究を行った。その結果、伸長因子EF-Tu, EF-Gのコンフォメーション(および反応性)がGTP/GDPの結合にともなって質的、かつ可逆的に転換される事実が明らかになった。われわれは、これに基づいてヌクレチド結合タンパク質の他の生体高分子に対する反応性が、リガンドのリン酸エネルギー準位(phosphate potential)によって質的、かつ可逆的に転換されるとういモデルを提唱した。このモデルはその当時は極めてユニークなものであったが、現在では広く、一般的に容認され、様々なGTPおよびATP利用系において広く、普遍的に共通のものとして認識されている。すなわちGTP結合タンパク質はGTPの結合にともなって活性型となり、特異的にターゲット分子と結合してこれらを活性化する。そのあとで、結合GTPの分解がおこり、タンパク質はもとのGDPと結合した不活性型に復帰する。活性化は、結合GDPの外部のGTPとの交換によって行われ、不活性化は結合GTPの水解によって行われる。それぞれの反応を触媒するタンパク質因子として、特異的なグァニンヌクレオチド交換因子(gnanine nucleotide exchange factor, GEF)およびGTPase活性化因子(guanine nucleotide activating protein, GAP)の存在が知られている。細胞内には、数多くのGTP(ATP)結合タンパク質が存在していて、それらは生体高分子生合成における分子認識に関与し、細胞内シグナル伝達系の分子スイッチとして機能している。また、生体運動、タンパク質フォールディング、細胞の運動と形態変化、細胞内のタンパク質輸送、核・細胞質間輸送等におけるエネルギー転換系で働いている。これらのすべての反応において用いられている反応機構は、もともとタンパク質生合成系でわれわれにより提唱された反応機構と本質的に類似のものである。
遺伝学的研究から明らかになった多彩なカスパーゼの生体機能
三浦 正幸
[東京大学大学院 薬学系研究科 遺伝学教室]
【文献】
1) Miura, M., Zhu, H., Rotello, R., Hartweig, E. A., and Yuan, J.: Induction of apoptosis in fibroblasts by IL-1-β converting enzyme, a mammalian homolog of the C. elegans cell death gene ced-3. Cell 75, 653-660, 1993
2) Kondo, S., Senoo-Matsuda, N., Hiromi, Y., and Miura, M.: Dronc coordinates cell death and compensatory proliferation. Mol. Cell. Biol. 26, 7258-7268, 2006.
3) Kanuka, H., Kuranaga, E., Takemoto, K., Hiratou, T., Okano, H., and Miura, M.: Drosophila caspase transduces Shaggy/GSK-3β kinase activity in neural precuorsor development. EMBO J. 24, 3793-3806, 2005
4) Oshima, K., Takeda, M., Kuranaga, E., Ueda, R., Aigaki, T., Miura, M., and Hayashi, S.:IKK regulates F actin assembly and interacts with Drosophila IAP1 in cellular morphogenesis. Current Biol. 16, 1531-1537, 2006
5) Kuranaga, E., and Miura, M.: Nonapoptotic functions of caspases: caspases as regulatory molecules for immunity and cell-fate determination. Trends Cell Biol. 17, 135-144, 2007
6) Kuranaga, E., Kanuka, H., Tonoki, A., Takemoto, K., Tomioka, T., Kobayashi, M., Hayashi, S., and Miura, M.: Drosophila IKK-related kinase regulates nonapoptotic function of caspases via degradation of IAPs. Cell 126, 583-596, 2006
血管リモデリングの分子機構
高倉 伸幸
[大阪大学微生物病研究所 情報伝達分野]
我々はもとより発生的に近縁関係にある血液細胞と血管系細胞の細胞間相互作用の解析から、造血幹細胞はアンジオポエチンー1を分泌して、血管新生の誘導能があることを解明してきたが、近年腫瘍領域においては、造血幹細胞の壁細胞への分化転換により、腫瘍周囲の血管を拡張させて、血管成熟化を誘導することを明らかにしてきた。どのような分子機序で、造血幹細胞あるいは壁細胞が血管腔の拡大を誘導するのか?管腔形成の分子機序を明らかにすることは、血管だけでなく、ほぼ全ての臓器において重要な課題であるが、現在のところまだ詳細は不明である。我々は血管が血管径を決定する機構をこの造血幹細胞機能を鍵に解析を行ってきている。本シンポジウムでは血管サイズに関わる新規分子アペリンの機能解析を紹介するとともに、造血幹細胞のニッチ領域で幹細胞の休眠に関わっているTie2下流分子の紹介と、これら分子と血管形成との関連について討論したい。
参考文献
1) Takakura N, Huang XL, Naruse T, Hamaguchi I, Dumont DJ, Yancopoulos GD, Suda T. Critical role of the TIE2 endothelial cell receptor in the development of definitive hematopoiesis. Immunity 9 : 677-86, 1998
2) Takakura N, Watanabe T, Suenobu S, Yamada Y, Noda T, Ito Y, Satake M, Suda T. :A role for hematopoietic stem cells in promoting angiogenesis. Cell 102: 199-209, 2000.
3) Okamoto R, Ueno M, Yamada Y, Takahashi N, Sano H, Takakura N: Hematopoietic cells regulate the angiogenic switch during tumorigenesis. Blood 105: 2757-2763, 2005.
4) Ueno M, Itoh M, Kong L, Sugihara K, Asano M, Takakura, N. PSF1 is essential for Early Embryogenesis in mice. Mol Cell Biol 25: 10528-10532, 2005.
5) Yamada Y, and Takakura N. :Physiological pathway of differentiation of hematopoietic stem cell population into mural cells. J Exp Med 203: 1055-1065, 2006.
新規生理活性ペプチドの探索・発見から臨床応用へ
寒川 賢治
[国立循環器病センター研究所]
一方、近年ヒト・ゲノム解析が完了し、ポストゲノム研究としてのオーファンGPCRの内因性リガンドの解明は、新しい生命現象理解への出発点になるであろうし、応用研究においては先端的創薬の重要なターゲットである。このような背景のもとで、我々のグループでは近年、“グレリン(Ghrelin)”と名付けた新規生理活性ペプチドの発見、構造決定に成功した(1999年)。グレリンは28残基のアミノ酸からなるペプチドであり、脂肪酸修飾(n-オクタノイル化)されたこれまでにないユニークな構造を有し、強力な成長ホルモン(GH)分泌促進作用を有する。グレリンの主要な産生部位は胃の内分泌細胞であるが、脳内(視床下部の弓状核の神経細胞など)にも存在し、中枢性のGH分泌調節や摂食調節に関わる。グレリンは末梢投与によってもGH分泌や食欲を促進し、また肥満や拒食症などの病態やエネルギー代謝調節にも密接に関与する。さらに、血管拡張や心血管系の保護作用などの循環器系における機能も明らかになり、臨床研究へと展開されている。
本講演では、主にアドレノメデュリンとグレリンについて、その発見および多彩な生理機能と臨床応用に向けた研究の現状などについて紹介したい。また最後に、ごく最近発見したニューロメジンSについても一部触れたい。
References
1. M. Kojima and K. Kangawa: Ghrelin: structure and function. Physiol. Rev., 85: 495-522, 2005.
2. M. Kojima and K. Kangawa: Drug Insight: the functions of ghrelin and its potential as a multitherapeutic hormone. Nat. Clin. Pract. Endocr. Metab., 2: 80-88. 2006.
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