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第36回 高遠シンポジウム プログラム(演者/演目/要旨)

『生命のゆらぎと調和』

鉄は酸素運搬、エネルギー産生などの必須な微量金属であるが、過剰量存在するとフリーラジカルの発生源となり毒性を有する。鉄毒性は古くから知られていたがその明確な指標は存在しておらず、2012年に概念提唱された『鉄による膜脂質の多価不飽和脂肪酸の過酸化がトリガーとなる細胞死』であるフェロトーシスが、おそらく最初の、最も確実な鉄毒性のアウトカムであると考えられる。しかしながら不思議なことに、『フェロ』の名称にもかかわらず、これまで鉄毒性の視点からのフェロトーシス解析はほぼ皆無である。

我々は鉄代謝・動態調節機構の研究に従事してきたので、鉄毒性の観点からのフェロトーシス研究に着手した。そこでまず、これまで報告がなかった培地への鉄添加によって死滅する細胞を樹立し、同細胞を用いて鉄依存的な細胞死を指標としたCRISPRスクリーニングを施行した。同スクリーニングでは多価不飽和脂肪酸の膜への挿入に寄与する遺伝子群をはじめとしてフェロトーシスへの寄与が報告されている分子が数多く含まれていたが、これまでに寄与が報告されていない多くの鉄依存的フェロトーシス誘導因子、抑制因子も数多く含まれていた。それらの分子の機能解析を進め、新たにフェロトーシス抑制因子として同定したPPRDX6が細胞内のセレン運搬タンパク質として機能することでフェロトーシスを抑制することを明らかにしている。時間が許せば、本講演では我々が推進しているフェロトーシスと老化に関しても議論したい。

References
1.Fujita, H., Tanaka, Y.-K., Ogata, S., Suzuki, N., Kuno, S., Barayeu, U., Akaike, T., Ogra, Y., and Iwai, K. PRDX6 augments selenium utilization to limit iron toxicity and ferroptosis. Nat. Struct. Mol. Biol. 31(8):1277-1285, 2024. doi: 10.1038/s41594-024-01329-z.
2.Kuno, S., and Iwai, K. Oxygen modulates iron homeostasis by switching iron-sensing of NCOA4. J. Biol. Chem. 299(5):104701, 2023.

同じ動物グループにおける進化的に保存されていると考えられる形質でも、発生のプロセスには、従って発生のメカニズムにも、違いがあることが分かってきている。発生メカニズムの違いはゲノムのどのような変化により生じたのであろうか?このような問題に取り組むために、私たちは研究の進んだショウジョウバエと同じ節足動物に属するオオヒメグモを実験動物として開発し、発生の初期に起こる体軸形成や体節形成について研究を行っている。ショウジョウバエでは前後軸に沿ったパターンが転写調節因子の拡散に基づくメカニズムにより形成されるのに対し、オオヒメグモでは前後の極性は分泌性の細胞間シグナル分子であるHedgehogにより制御されている。Hedgehogにより負に制御される遺伝子がシグナルソースから最も遠い位置から動的に発現を広げ、体節形成の振動する発現へと繋がることも分かってきている。最近取り組んでいる単一核RNA-seq法による解析結果を紹介するとともに、節足動物の発生メカニズムの違いについて議論したい。

References
Akiyama-Oda Y., Akaiwa T., and Oda H. (2022). Reconstruction of the global polarity of an early spider embryo by single-cell and single-nucleus transcriptome analysis. Front. Cell Dev. Biol. 10:933220. doi: 10.3389/fcell.2022.933220.
Akiyama-Oda Y. and Oda H. (2020). Hedgehog signaling controls segmentation dynamics and diversity via msx1 in a spider embryo. Sci. Adv. 6: eaba7261.
Oda H. and Akiyama-Oda Y. (2020). The common house spider Parasteatoda tepidariorum. Evodevo 11:6. doi: 10.1186/s13227-020-00152-z.

免疫細胞の自己と非自己の識別機構は、自己の組織を攻撃しない免疫細胞が病原体等の異物を攻撃する分子機構として、免疫学の基本概念となっている。しかし、自己(セルフ)と非自己(ノンセルフ)だけでは、なぜ自己免疫疾患では特定の自己抗原に対する免疫応答が惹起されるかの説明が困難であった。特に、I型糖尿病、関節リウマチ、SLEといった異なる自己免疫疾患で、なぜ異なる自己抗原が特定の標的になるかの説明は困難であった。ところが、ウイルス等によりMHCクラスII分子の抗原提示異常が引き起こされると、正常なMHCクラスII分子には提示されない自己抗原であるネオセルフが提示されることが明らかになってきた。さらに、T細胞は正常なMHCクラスII分子に提示される自己抗原と異常なMHCクラスII分子に提示されたネオセルフを識別する。正常な状態ではネオセルフはMHCクラスII分子に提示されていないため、T細胞はネオセルフには寛容になっていない。そのため、EBウイルスの再活性化等でMHCクラスII分子の機能異常が引き起こされネオセルフが提示されると、T細胞が自己分子であるネオセルフを異物として認識して攻撃をすることが明らかになった。実際、全身性エリテマトーデスの患者さんにおいてクローナルに増殖している細胞の約10%もがネオセルフ応答性であることが判明し、ネオセルフが自己応答性T細胞の主要な標的抗原であることが明らかになった(Mori et al. Cell 2024)。このように、これまで考えられてきたセルフは、さらにセルフとネオセルフに分類され、MHCクラスII分子によるネオセルフの提示が自己免疫疾患の理解に重要であると考えられる。
16:00~
ポスター発表者によるフラッシュトークとポスター発表

自然界において生物は、周囲の物理的な環境のみならず、他のさまざまな生物と密接な関わりのなかで生きています。個々の生物というのは生態系の一部を構成していると同時に、体内に存在する多様な生物群集を含めると、個々の生物それ自体が1つの生態系を構築しているという見方もできるのです。
 大部分の生物が、恒常的もしくは半恒常的に微生物を体内に保有しています。このような状況を「内部共生」といいますが、きわめて高度な相互作用や依存関係がみられ、しばしば新しい生物機能の創出を伴います。共生微生物と宿主生物がほとんど一体化して、あたかも1つの生物のような複合体を構築する場合も少なくありません。
本講演では特に昆虫類の適応進化と内部共生の関わりについて、その多様性、相互作用の本質、進化的な意義、応用利用への展開の可能性など、基本的な概念から最新の知見まで、私たちの研究成果を中心に紹介いたします。

接木とは二つの植物を外科的に施術してつなぎ、一つの植物体として育てる技術である。二千年以上前から現在に至るまで農業で使われ、地上部でとれる農作物の量を強い根の力を利用して増やしたり、暑さや凍結するほどの寒さから樹を守る目的でも使われる。接木した二つの植物のそれぞれの特徴を共に発揮させる方法や、植物の特徴とも言える多様な二次代謝物の一部を二つの植物の間で交換することで接木された植物の特性を変える方法がある。
 接木は、植物科学にも植物の生理をとらえる重要な場面で登場してきた。例えば、花を咲かせる分子であるフロリゲンは、接木実験により同定された。生物は、一日の昼夜の長さを計測することで季節を知ることができ、季節に応じて性質を変えることを光周性と呼ぶが、植物が季節に応じて花をつけることができるのはこのためである。この光周性に基づく花づくりの開始は、フロリゲンと呼ばれるホルモン様の分子(実際は約20 kDaのFTタンパク質)が昼夜を計測した葉でつくられ、それが葉から茎の先端にある植物の分裂組織に運ばれることで起こると考えられた。この根拠となったのが、異なる季節に花をつける二つの植物を接木すると、間違った季節でも片方の相手につられてもう片方の植物が花を咲かせてしまうという古典的な生理学実験であった。今ではフロリゲン遺伝子あるいはフロリゲンタンパク質を働かせることで、植物の生殖時期を制御する技術につながっている。
 接木は、植物が体の一部が傷ついた際に、傷口の組織再生により傷を修復するために備えた本来の能力を利用した技術である。組織再生は、細胞の脱分化にはじまり、細胞増殖、細胞接着、細胞間コミュニケーション、そしてそれぞれの組織への細胞分化が適切な場所ですみやかに行われる必要があり、そのため生物システムが類似した近縁種の間でなければ互いの組織を接合する接木は難しいというのが、二千年以上にわたる人類の接木体験に基づく常識であった。しかし、生物の多様性には目を見張るものがある。ある種の植物には、近縁種どころか、異なる属の植物、異なる科の植物とも広く接木を成立させてしまう能力があることを、偶然にも研究の中で見出した。なぜ、そのようなことが可能なのか。これまでに得られた知見をお話しする。

がんは単一の起源となる細胞とその子孫の細胞集団が正常組織の細胞集団の中で陽性選択をうけ、さらには生体の恒常性を逸脱して増殖するにいった一群のクローナルな細胞集団によって生ずる疾患群である。この選択の過程においては、先天的に有する遺伝学的素因と後天的に獲得される体細胞変異と変異を獲得した細胞を選択する細胞・組織環境が本質的に重要な役割を担っていることが示されている。診断時にはしばしば数千億個に達するがん細胞集団がその初期にどのようにして発生するのか、それはいつから生ずるのか、また、それが環境やいわゆる発がんリスクによってどのように影響されるのかについては、殆ど理解が進んでいない。一方、近年、遺伝学的な解析技術の格段の進歩によって、がんの遺伝的素因やがんの初期発生過程におけるクローン選択に関する知見が明らかにされつつある。本講演では、がんの遺伝的背景やがんの初期発生過程について、とくに乳がんの発症過程にかんする最近の知見について紹介したい。

*時間は予告なく変更になる場合がございますので、予めご了承ください。